本日のテーマは「繁栄し続ける」です。
ソウルへ来てからも3日目の朝を迎え、毎日、ロッテワールド横にある大きな池の周りを散歩し、池を1周すると3千歩なので、2周すると6千歩を超え、途中でも歩くので、毎日楽に1万歩を超えています。
ロッテワールドがある松波区(ソンパグ)の周囲は、初めてソウルへ来た30年前は、この辺は田舎で、至るところが畑で、白いビニールハウスがたくさん並び、30年後にこのようなビルが立ち並ぶビル街になってことは、ほとんどの人は想像すら出来なかったと思います。
韓国へ営業で来始めたのは30年前ですが、27年前の1988年にソウルオリンピックがあり、それを契機に韓国は「漢江(ハンガン、ソウルの中心を流れる大河)の奇跡」と呼ばれるような発展を遂げたのです。
30年前は、現代自動車も非常にお粗末で、コーナーを曲がると自動的にドアが開くような車もあり、日本とのレベルの差は、非常に大きかったのに、こんなに短期間で、日本に追いつくようになるとは、日本メーカーの誰も思っていなかったのではと思え、サムソンさえも、そのころは世界の3流メーカーと言われていたのが嘘のようです。
そして、韓国のサムソン、現代自動車等のグローバル企業は、数年前までは、グローバルビジネスの優等生であったのですが、それらの企業も今日のような状態を迎えるとは、誰も想像すら出来なかったと思います。
以上のように短期間で非常に成功した韓国のメーカーも現在ではすでに、中国を初め後進国に追われて、日本のメーカーの後を追っている状態で、ソウルの町並みを見ても、高度成長期の元気良さはスッカリ失せてしまっています。
韓国ビジネスを30年間経験して、ソウルを見ていると、栄枯盛衰の激しさ、期間の短さを感じ、韓国が本当に繁栄していた間は、ほんの30年間しかなかったのです。
振り返ってみると、日本の繁栄も戦後の復興期から高度成長時代を迎え、バブルが崩壊するまでは、やはり40年余りしかなかったのです。
中国も同様に、日本、韓国の後を追って、同じような状態に陥るのは間違いなく、繁栄した正味の期間は、韓国よりさらに短くなることでしょう。
こうしてみると、普通にやっていると、国の繁栄を遂げている期間はたかだか30年くらいで、企業も同じように普通にやっていると、順調にいってその程度の期間しか繁栄を経験することが出来ないのではと、思います。
企業の場合、麺専門店の場合も同じで、起業してから最初のころは、年齢も若く、元気で一生懸命に頑張れるのですが、年齢とともにだんだんと元気がなくなり、若いころのような情熱を失い、ビジネスも徐々に下り坂になるのです。
だから、永い繁栄を目指そうとすると、自分1代ではなく、何代にもわたって、DNAを引き継いでくれる後継ぎが必要で、ここで大切なことは血が繋がっているとかいないではなく、DNAを引き継いでくれる人でなければいけないのです。
DNAとは、創業の精神であり、創業者の想い、思想、理念、価値観であり、使命でもあるのです。
だから、いくら血のつながっている存在であっても、上記のような精神的なもの(DNA)を引き継いでくれないと、おかしくなるのです。
最近の日本の企業を見ていても、幾ら大企業であっても、おかしくなっている企業はすべてDNAが引き継がれていないのです。
反対に言えば、DNAが引き継がれている限り、企業は安泰であり、これは国であっても同じで、シンガポールはリークワンユーが亡き後も永く繁栄出来るかどうかは、後を継いだ人たちが、リークワンユーのDNAを忘れずにキチット引き継ぐかどうかによるのです。
人間は命ある存在で、1代限りですが、国とか企業は永遠に繁栄するのが理想あるのですが、それにはDNAの継承が欠かせないのです。
本年2月21日から始まった、半年間以上に及ぶ、「イノベーションと起業家精神」の学びの最終のまとめに取り組んでいきます。
◆目的の大義化
第3に最も大きな障害として、つまるところ、社会的機関は、善を行うために存在するので、自らの使命を道義的な絶対的存在とみなし、経済的な費用効果の対象とはみなさないことを意味し、経済の世界では、より大きな成果を得るために、つねに資源の配分を変え、すべてが相対的ですが、社会的機関においては、より大きな成果などというものは存在せず、善を行うのであれば、より大きな善などというものはなく、善を求める活動において目標を実現できないということは、努力を倍加すべきことを意味し、予想した以上に悪の力が強かっただけのことであり、さらにいっそう闘わなければならないのです。
何千年も前から、あらゆる宗教の伝道師たちが、肉欲に克つべきことを説いてきたのですが、ほとんど成功していないこの事実は、彼らの活動の是非にとっては関係のないことであり、確実に成果を生むことのできる使命に力を入れるべきであるといっても、耳は貸してもらえないだけで、努力を倍加すべき理由にされるだけであり、肉欲に克つことは倫理の問題であり、費用対効果を超えた絶対のものであり、もちろん、自らの目標をこれほど絶対視している社会的機関は、それほどはないのですが、企業の人事や製造部門のスタッフでさえ、自らの任務は善を行うことであり、費用効果を超えた絶対のものであると考える傾向があり、つまり社会的機関は、最適化ではなく最大化を目指すのです。
したがって、飢餓撲滅運動のリーダーは「地球上に飢えている子供が1人でもいるかぎり、われわれの使命は終わらない」とし、「現在の配給システムが到達しうる地域の子供たちの可能なかぎり多くが、発育不全にならないだけ食べられるようになれば、われわれの使命は終わる。」と言おうものなら、リーダーの地位を追われるだけであるのです。
目標が最大化にあったのでは、目標はけっして達成されることがなく、それどころか、達成に近づくほどいっそうの努力が求められるのは、目標の75パーセントあるいは80パーセントという最適値を超えるや、得られる成果は指数関数的に小さくなり、必要とされるコストは指数関数的に大きくなるからであり、こうして、社会的機関は目標の達成に近づくほど不満を感じ、よりいっそう力を入れることになり、しかも成果があがらなくとも、成果があがっているときと同じように行動するのです。
社会的機関は、その目標の成否にかかわらず、イノベーションや新しい事業を、自らの基本的な使命、存在、価値、信念に対する攻撃として受けとり、これがイノベーションにとって深刻な障害となり、これこそが、社会的機関におけるイノベーションが、なぜ既存の機関からではなく、ベンチャー的な機関から生まれるかの理由であり、その最もよい例が、おそらく労働組合であり、先進国では、今世紀最も成功した社会的組織は労働組合であり、それは明らかに所期の目的を達成し、先進国においてGNPに占める労働者の取り分が90パーセントにおよび、オランダをはじめとするいくつかの国においてはほぼ100パーセントになっている今日、もはやより多くの取り分は残っていないのですが、今日、労働組合は、新しい挑戦、目標、貢献について検討することさえできず、彼らが行うことは、相も変わらず昔からのスローガンを繰り返し、昔ながらの闘いをするだけで、労働者の大義は絶対の善だからで、見直すことはもちろん、考えてみることさえしてはならないのです。
大学も、労働組合に次ぐ成功と成長を実現したために、労働組合と同じ状況にあり、社会的機関でも、成果を上げる必要性、重要性は企業の場合と変わらず、時代、時代に合った明確な目的がないと、社会的機関も世の中の荷物に成り下がるだけで、最近、国内で話題になっているNHKも社会的機関の一つであり、多くの国民から税金徴収と同じような形で、視聴料を集めているので、国民からの理解を得ることは欠かせず、社内においても、総務部門等は同じことが言えるのです。
◆いくつかの成功例
もちろん社会的機関のなかには、既成の大組織を含め、イノベーションを行っているものも多く、アメリカのあるカトリック司教区では、百貨店の元人事担当副社長などの既婚女性を事務長に任命するとともに、秘蹟(サクラメント)を除くあらゆる活動を一般信者に任せていて、その結果、全米の司教区が司祭不足に悩んでいるなかにあって、この司教区だけは司祭の数に余裕があり、秘蹟を充実させているのです。
科学団体のなかでも最も歴史のあるアメリカ科学振興協会は、1960年から80年にかけて自らの性格づけを変え、科学界のリーダーとしての地位を維持しつつ、国民的組織へと脱皮し、そして週刊の機関誌『サイエンス』を、科学政策に関する権威ある解説誌、素人にもわかる充実した大衆誌へと刷新したのです。
アメリカ西海岸のある大病院は、1965年頃、アメリカの医療制度がまさに医療の成功の結果、変化しつつあることを知り、ほかの都市部の病院が病院のチェーン化や外来診療センターの設立という趨勢に抵抗していたなかで、進んでイノベーションを行い、変化の先頭に立ち、アメリカではじめて宿泊中心の格安の妊産婦センターを設置し、外来の外科センターをつくり、マネジメント上のサービスを中心にして、地域の小病院をチェーン化したのです。
今世紀初めに創設され、数百万人の隊員を擁するアメリカのガールスカウトは、1975年頃から、隊員、活動、ボランティアの3本柱についてイノベーションを行い、黒人、アジア系、ラテン系の女の子たちの隊員を募集し、その結果、今日ではマイノリティの子供たちが、全隊員の5分の1を占めるにいたり、また、女性が専門職や経営管理者の地位に就くことが一般化したことを受けて、主婦や看護婦に加えてキャリアウーマンを役割モデルとすべきことを認識し、訓練プログラムの内容を変えたのです。
ガールスカウトは、自らの活動にとって決定的な制約要因であるボランティアの供給源だった専業主婦の母親の減少にも見舞われたのですが、社会進出した母親たちが一つの機会であり、彼女たちに提供しうるものがあることを知り、ボランティアとしての仕事を、働く母親たちにとって、自分の子供と楽しみつつ、その成長に手を貸すための魅力ある機会とし、さらには、まだ小さな自分の子供に十分な時間を割けない働く母親たちのために、就学前の女の子を隊員とするスカウトをつくり、こうしてガールスカウトは、隊員とボランティアを減少させるどころか、増加させたのですが、その間、歴史があり資金的にも豊かで、規模も大きかったボーイスカウトは、低迷を続けていたのです。
以上のように、社会的機関も役割が明確である場合と、役割が明確でない場合では、結果がまったく異なり、役割分担、目的の明確化は欠かせないのと、企業と同じように、イノベーションの機会を探っていかないと、いつかは時代遅れになり、不要な存在になってしまい、弱体化するのです。
2社会的機関の起業家原理
前記はすべてアメリカの例であり、もちろんヨーロッパや日本にも、成功の例は多く、ここにあげた例は、数は少ないものの、社会的機関がイノベーションを行ううえで必要とされる起業家原理を示すうえでは十分と思われるのです。
◆目的を明確に
第1に、社会的機関は以下のような、明確な目的をもたなければならないのです。
1.自分たちは何をしようとしているのか。
2.なぜ存在しているのか。
社会的機関は、個々のプロジェクトではなく、目的そのものに的を絞らなければならず、個々のプロジェクトは、目的のための手段であり、一時的なものであり、しかも短命なものと考えなければならないのです。
◆目標を現実的に
第2に、社会的機関は現実的な目標をもたなければならず、目標は、「空腹の根絶」ではなく「飢餓の減少」でなければならず、社会的機関は実現可能な目標を必要とし、やがて「達成した」といえる実現可能な目標を必要とし、実現が不可能であってはならず、完全なる正義の実現は永遠の課題であり、いかに控え目にいっても正義が完全に実現することはありえず、ほとんどの目標は、最大ではなく最適の水準で規定することができ、またそのように規定する必要があり、そうしてはじめて「達成した」と言うことができるのです。
このことは、これまで小中学校が目標としてきたこと、すなわち就学年限の延長だったのですが、先進国では、すでにこの目標は達成されているので、それでは、今日、教育は何を目標としなければならないのかと言えば、単に学校に行くことを超えた意味における「教育」とは、何を意味するのかを、再度、深く考えなければいけないのです。
◆目標を再点検
第3に、社会的機関は、いつになっても目標を達成することができなければ、目標そのものが間違っていたか、あるいは少なくとも、目標の定義の仕方が間違っていた可能性のあることを認めなければならず、目標は、大義ではなく、費用対効果にかかわるものとして、とらえなければならず、いかに努力しても達成できない目標は、目標として間違っていると考えるべきであり、目標を達成できないからといって、それをさらに努力すべき理由としてはならないのです。
数学の世界ではすでに300年前に明らかにされているように、成功の確率は、回を追うごとに下がり、つねに前回の半分以下となり、目標を達成できないということは、社会的機関の多くが考えることとは逆に、目標そのものの有効性を疑うべき理由となるのです。
画像は、ドリームスタジオ・ソウルで試作した麺で、お客さまには非常に評判がよく、ラーメン学校に参加したいというお客さまが何人もいたのです。
ソウルでは、フルーツを使った斬新なラーメンよりもむしろ、オーソドックスなラーメンの方が人気があったのです。
今日も最高のパワーで、スーパー・ポジテイブなロッキーです。