昨日はずっと、自宅にこもり、1日中1人で静かに、さまざまな分析の仕事をしていました。
椅子に座るのではなく、あぐらをかいて座ると、背筋が伸びて、脳が活性化し、良いアイデアが生まれ易くなるような気がします。
深い思考を伴う仕事ですが、自宅の座敷であぐらをかいて、座卓に書類を広げ、考察を深めていくと、今まで見えなかったものが、見えてきたのです。
昨日も私が行なったことは、お客さまの会社のデータ分析、自社のデータ分析を行ない、普段気付かない、誰も気づかない、隠れた事実を見つけ出し、問題解決の糸口にすることだったのです。
特にお客さまの会社の事前に準備したさまざまなデータを突き合わせ、今まで聞いてきたことと、実際のデータとの比較をすると、今まで聞いていたこと、或いは、みんなの常識となっていることと、実際のデータが異なることがよく分かります。
担当者の方に事前にインタビューして聞き取っていた内容と、実際に分析した結果は大きく異なり、データを深く分析して、更に思考を加えていくと、今後の対策が見えてきたのです。
分析をやってみて分かったことは、多分、誰も今までこのようなことをやったことがないのではと思いました。
早速、分析して分かったことをまとめ、中間報告としてレポートにし、メールで客先に送付しました。
次に自社の分析に取りかかってみると、今期、当社が取り組んできたことの問題点が見えてきました。
詳細にデータを分析することにより、今まで当社で思っていたことと、実際は異なっていたこと、認識の違いが分かってきたのです。
併せて、この一年で業界は大きく変化していることが分かりました。
改めて、リーダーとか、経営者の仕事は第一線で動き回るのではなく、成果を上げることであると、つくづく感じ、静かな環境で、じっくり深い思考の出来る時間を、日々取ることは、リーダーとしての責任であることがよく分かりました。
もっと普段から、このような時間をシッカリ取っておけば、もっと違った成果が得られていたのにとの反省でした。
分析のための単なるデータを作ることは誰でも出来るのですが、大切なことはデータの作り方と詳細な分析にあるのです。
昨日も分析をしながら、もっとこんな風にデータを作ってくれていれば、違った分析が出来るのにと思える部分がいくつもあったのです。
従って、データを作り出す担当者も経営者目線でないと作れないのです。
これがデータと情報の大きな差で、データだけでは意味がなく、データを分析することによって、知恵の含まれているものが情報なのです。
更に、分析の仕方も今までと同じような方法だけではなく、新しい、さまざまな切り口で行なわないと、市場の大きな変化を読み取ることは出来ないのです。
今はPCの発達で、昔では考えられないようなデータの分析が社内で簡単に行なえるようになりました。
もっと、われわれはデータ分析に力を入れなければいけないことがよく分かるとともに、もし、普通のうどん蕎麦店、ラーメン店がこのようなデータ分析を詳細に行なえば、大きな成果が得られるのではと思いました。
われわれのビジネスを進化させる方法は、その辺にたくさん転がっているのですが、一番足りないのは、ビジネスについての深い思考で、浅い行動を幾ら行っても、期待するような成果を得ることが出来ないことがよく分かりました。
裏庭を開けてみると、朝方は雨だったのが、昼からは晴れて、数年前に植えた甘夏の木が大きくなり、立派な実をつけています。
その横に、2本のキンカンの木も昨年と同じように、小さい実をたくさんつけています。
肥料も何もやらないので、自然に育っているので、完全なオーガニック栽培です。
これらの木々も、十年くらい前に苗を買ってきて植えたのです。
植えていたからこそ、果実を楽しめているので、良い結果は種を撒いていないと得ることが出来ないのです。
得たい結果を得るには、先に犠牲を払うしかないのです。
来月、4月7日(火)~9日は、東京支店でパワー・アップ・イベントを開催し、私もセミナーで参加します。
https://www.yamatomfg.com/company/dream-studio/dream-studio-tokyo/
私3つのセミナー・タイトルは、【オリンピック景気 必勝法!】、【スタッフのモチベーションアップセミナー~オーナー様、店長、スタッフ必聴~】、【富裕層客の獲得必勝法!】で、今年になってから訪問した、ロンドン、香港、台中、LAの最新店舗のご紹介を致します。
新規開業の方がたにとっても、今から開業する方がたにとっても、世界の最新外食情報を知るチャンスです。
本日も、ドラッカー選書「イノベーションと起業家精神(上)」(ダイアモンド社)に基づき、イノベーションについて、深くドラッカーから学んでいきます。
ぜひ、一緒にイノベーションと起業家精神を磨いていきます。
◆女性の意識
アメリカの女性運動家は今日、1930年代と40年代を、女性の社会的役割を認めなかった最悪の暗黒時代として位置づけているのですが、事実に照らしてみるならば、これほど間違った見方はないのです。
1930年代と40年代こそ、まさに存在感のある女性の花形たちが活躍した時代であり、アメリカの良心、アメリカの道義の代弁者として、アメリカ史上、いかなる男性をも超えた大統領夫人、エレノア・ルーズヴェルトがいて、その友人フランセス・パーキンスは、初の女性閣僚として労働長官となり、ルーズヴェルト政権の最も有能かつ強力な閣僚となったのです。
アンナ・ローゼンバーグは、アメリカ最大の小売店R・H・メイシーの人事担当副社長として、アメリカの大企業初の女性役員となり、朝鮮戦争のときには、兵員担当の国防次官補として将軍たちの上司となったのです。
大学の学長にも、全米に知られた大勢の有力な女性がいて、一流の作家、クレア・ブース・ルースやリリアン・ヘルマンがいたのですが、とくに前者は政治家としても名をあげ、コネチカット州選出の下院議員、後に駐イタリア大使を務めました。
この時代、医学上の最も大きな業績を残したのも女性で、ヘレン・タウシッグは、チアノーゼの幼児の手術を行い、史上初の心臓手術に成功し、やがて世界中の幼児の命を救うことになる心臓移植や、バイパス手術へと続く心臓手術の時代をもたらしたのです。
さらには、ラジオを通じて数百万人の心に働きかけたマリアン・アンダーソンがいて、アメリカ中の茶の間に入り込むことのできた黒人は、彼女が登場する前には1人もいなかっただけでなく、彼女の後には、マーチン・ルーサー・キングが1人いるだけなのです。
以上のように、名のある女性は計り知れなく多く、彼女たちはみな、自らの業績と名声、重要さを自覚する誇り高い女性だったのですが、彼女たちは、自らを「女性の代表」とは考えず、自らを女性と考えるよりも、まず人間として考えていて、女性の代表ではなく、むしろ例外として考えていたのです。
どのように変化が起こり、それがなぜであったかを説明するのは、後世の歴史家に任せなければならないのですが、1970年以降、偉大な女性の先駆者たちは、もはや特別視されるべき存在ではなくなり、今日では、働かない女性や、男のものとされていた仕事をしていない女性のほうが特殊であって、例外とされるのです。
いくつかの企業、とくにシティバンクが、この変化をイノベーションの機会としてとらえたのですが、すでに女性が専門職や経営管理者として認められていた百貨店、広告代理店、雑誌社、出版社は、変化に気づかず、今日、それらの企業では、30年前や40年前よりも、女性の専門職や経営管理者が減っているくらいです。
これに対し、シティバンクは極端な男性社会だったので、変化を認識できたのも、そのためだったかもしれないのです。
シティバンクは、この女性の意識の変化を機会としてとらえ、とりわけ野心的な有能な女性を雇い入れて、活躍させることに成功し、しかもシティバンクは、キャリアウーマンの昔からの就職先だった企業と競争することなしに、彼女たちを雇うことができたのです。
当社も多くの女性が活躍しており、スタッフのうち、約55%が女性であり、女性の比率が多い会社ですが、女性が活躍を始めてから、会社が大きく変わりました。
製麺機メーカーだったので、それまでは、まったくの男性社会であったのですが、女性たちがそれまで男性たちが携わっていて、成果が上がらなかった仕事を成果の上がる仕事に変えていったのです。
特に営業関係と麺學校であり、今後は、企画部門他の部門で女性たちの活躍が見込まれているのです。
男性たちがやっていて、成果が上がらなくなった部門を女性たちに任せることは、これからの日本では欠かせないことであると思います。
世界中で、若い男性の中に草食男子化が進み、女性は肉食女子化が進んでいることを危惧されていますが、今は男性と女性と分ける必要のない時代に入って来ていると思います。
少なくとも、ビジネスにおいては、男女の性差別は不要な時代になったのではと思います。
◆アメリカの中流階級化
このように、認識の変化をイノベーションの機会としてとらえる者も、長期にわたって独占的に行動することができ、1950年代の初めというかなり昔のケースにも、認識の変化を利用したイノベーションの例があり、1950年頃、アメリカ人の圧倒的多数が所得や職業のいかんにかかわらず、自らを中流階級として考えるようになり、明らかにアメリカ人は、自らの社会的地位についての認識を変化させたのです。
中流階級への意識変化は何を意味したか。
ある広告代理店の役員ウィリアム・ペントン(後にコネチカット州選出の上院議員)は、「中流階級」とは何を意味するかを考え、その明快な答えは、中流階級とは、労働者階級と異なり、自分の子供が学校の成績次第で出世していけると信じる人たちのことだったのです。
そこでベントンは、倒産寸前だったエンサイクロペディア・ブリタニカを買い取り、そして主として高校の先生に「中流のご家庭のお子さんの勉強には、ブリタニカの百科事典が必要です」と言わせ、一家の中から、初めて子供を高校へ行かせるようになった親たちに、百科事典を売り込み、ブリタニカを3年で立ち直らせ、10年後には日本でも同じ売り方で成功したのです。
予期せぬ成功や失敗は、しばしば認識の変化を示す兆候であり、サンダーバードはエドセルの灰から生まれ、フォードは、エドセルの失敗の原因を調べて、認識の変化を発見し、わずか数年前には所得階層によって分かれていた乗用車市場が、今やライフスタイルによって分かれていたのを発見したのです。
認識の変化が起こっても、実体は変化しないで、意味が変化し、「半分入っている」から[半分空である]に変化するのです。
自らを労働者階級として一生身分が変わらないとする見方から、中流階級として社会的地位や経済的機会を、自ら変えることのできる身分にあるとする見方へと変化し、そのような認識の変化は速く、アメリカ人の過半が、自らを労働者階級ではなく、中流階級として考えるようになるには10年とかからなかったのです。
経済が変化をもたらすのではなく、まったくのところ、経済は関係さえしないかもしれないのです。
イギリスでは、所得の配分はアメリカよりも平等であるのですが、3分の2がいわゆる労働者階級を上回る所得を得、2分の1近くが中流階級の下層を上回る所得を得ているにもかかわらず、イギリス人の70パーセントは、依然として自らを労働者階級と見ているのです。
日本においても、今は人びとの認識が大きく変化する時代であるので、認識の変化を捉え、イノベーションの機会にすることにより、自分たちのビジネスに大きな成果をもたらすことが出来るのです。
これは、トップがシッカリと時間をかけ、深い思考で取り組むべき大切な項目であるのです。
「実体よりも認識」
コップに「半分入っている」か「半分空である」かは、実体ではなく認識が決定し、体験が決定するのです。
アメリカの黒人が「半分空である」と感じるのは、アメリカ社会の現状よりも、過去数世紀にわたる癒しがたい傷によるものであり、イギリス人の過半が自らを労働者階級と見るのは、19世紀における国教徒用チャーチと非国教徒用チャペルの断層という遺産によるところが大きいのです。
アメリカ大の健康ノイローゼは、健康にかかる指標よりも、若さへの信仰などアメリカ人特有の価値観によるところが大きいのです。
社会学者や経済学者が、それらの認識の変化を説明できるか否かは関係なく、認識の変化はすでに事実であり、多くの場合、定量化することはできないだけでなく、定量化できたとしても、その頃には、イノベーションの機会とするには間に合わないのです。
しかし、それは理解できないものでも、知覚でさないものでもなく、きわめて具体的であり、明らかにし、確かめることができ、そして何よりも、イノベーションの機会として利用することができるのです。
但し、以上のことも常に変化に対し、意識を持って対応していないと、変化を捉えることが出来ないのです。
殆どの人たちは、変化に気づかず、また気づいたとしても、イノベーションの機会として活用出来ていないのです。
しかし、これからの日本において、認識の変化に対する意識を高めることが、外せないのです。
画像は、昨日、裏庭で収穫した完全なオーガニックの甘夏で、昨年から実をつけ始め、木はまだ小さいのですが、今年は全部で30個くらい収穫出来そうです。
たいへんみずみずしくて、自然な美味しさがありますが、皮の色はきれいな色ではないのです。
今日も最高のパワーで、スーパー・ポジテイブなロッキーです。