本日のテーマは、「本質の追求」です。
1週間後の13日(土)に、日本政策金融公庫の依頼で、新規開業者向けのセミナーでの講演を依頼され、そのレジメをデユッセルからの帰国の機内で準備したのです
新規にビジネスを始める人たち向けに、何か、私の体験で役に立つこととして、下記のような内容のレジメを作り上げたのですが、何か足りないと思って、ずっと考えていて、分かったのが、本日のテーマの「本質の追求」です。
1.目先の損得に捉われずに、正しいことを行なう
2.情熱のあることしか、やらない
3.ビジネスは必ず、トップを目指す
4.ビジネスを始める前に、価値観を明確にし、使命、コンセプトを明確にする
5.ビジネスにおけるサービスの占める割合が増し、サービスを制する者は、ビジネスを制す
6.小が大に勝つ戦略
7.日本の環境の現実を理解
上記の内容の中で足りなかったテーマが、本質の追求で、ものごとを始める場合、そのビジネスの本質の理解をして始めるか、そうでないかは、結果において、大きな違いが出てしまうのです。
例えば、私は40年前に創業後、製麺機ビジネスを始めるにあたり、製麺機ビジネスの本質は何かを深く追求し、その結果、製麺機ビジネスの本質は、「麺の美味しさ」であり、より美味しい麺を作ることが出来る機械が市場を制覇するとの結論に至り、創業間もないころから、麺研究室を作り、麺の研究に没頭したのです。
最終的に、小型製麺機市場において、当社が業界でトップになることが出来たのは、創業間もないころに、製麺機ビジネスの本質を深く理解したことが、決定的な要因になったと信じています。
そして、現在は世界でトップを目指しているので、製麺機ビジネスの本質も麺の美味しさだけではなくなってきているのです。
このように、何か仕事を行なう場合は、その仕事の本質は何かを常に自分自身に問いながら仕事を行なう場合と、そうでない場合では成果に置いて決定的な差が出てしまうのは、間違いないのです。
例えば、昨日の課題の人の募集においても、人の募集する仕事の本質は何かを深く思考し続けることにより、単に募集方法のテクニックを超えて、次のような新たな視点に気づくことが出来るのです。
1.募集サイドで考えではなく、応募する側に立ち、当社の仕事の内容を理解して貰え易い、自分に合った仕事であるかどうかを理解し易い募集方法は、どのようなものであるのだろうか。
2.これからの時代背景、ライフスタイルを考えた場合の働く仕組み、給与とか、さまざまな待遇面、会社の仕組みのあり方はどのようなものであるべきか。
3.これからの時代に活躍して貰える人材を、確保し易い会社の仕組み、さらに確保した人材に永く貢献して貰える会社の仕組みは、どのような仕組みであるべきなのだろうか。
4.人材確保に成功している、多くの他社の会社の仕組みは、どの様になっているのであろうか、反対に人材確保に失敗している会社の仕組みの違いはどこか。
以上のように人材確保について、思考を深めていくと、人材確保だけについても、十分にイノベーションを起こすことが出来、さらに、人材確保はたんに、自社にとって都合の良い人材を確保するだけの問題ではなく、ビジネスの根幹にかかわる部分、すなわち、価値観、使命、コンセプトをキチンと明確にしておく必要があることが分かります。
従って、何かを行なう場合には、必ずその事がらの本質を追求することにより、ものごとの真実が見えてきて、ものごとにおいて間違うことがなくなるのです。
例えば、麺専門店を始める場合でも、麺専門店の本質を掘り下げると、それぞれ、始める人によって異なった本質が見えてくるのです。
そして、それらの本質の元になっているものは、その人自身の価値感から発生していることが分かります。
従って、常に自分自身が持っている現在の価値感の優先順序は何かをつねに、明確にしておくことは欠かせないことなのです。
そして、「ビジネスの本質=コンセプト」であることが分かります。
本日から、本社でのうどん学校とラーメン学校の経営講義が始まりますが、経営講義の中で一番ウエイトを置いているコンセプトは、ビジネスの本質の追求であるのです。
ビジネスの本質を深く掘り下げていくと、コンセプトに到達し、何ごとにおいても、本質を深く掘り下げることにより、早く目的地に到着する近道であったのです。
再来週6月14日(日)から16日(火)までの3日間、ドリーム・スタジオ高崎にて、皆さんのパワーをアップするイベントを開催し、私も参加します。
(https://www.yamatomfg.com/company/dream-studio/)
本年2月21日から始まった、91日間に及ぶ、「イノベーションと起業家精神」の学びは、最近、一応終えたのですが、さらに、学びを深めるために、大切な部分の復習を進めていきたいと思います。
更に、イノベーションと起業家精神を磨き、会社を大きく変えるのに、役立てていきます。
「機会とは要求である」
気づかない成功(予期せぬ成功)がもたらすイノベーションの機会を利用するためには、分析が必要であり、予期せぬ成功は、分析のための兆候ですが、何の兆候かと言えば、気付かない成功(予期せぬ成功)が、単にマネッジメントの視野、知識、理解の欠如を意味しているに過ぎない場合もあり、急に売上が上がるのは、大きな市場があることを示している兆候であるのに、それを理解するには、マネッジメントのレベルの高さが必要であり、先ほどの外食の場合とまったく同じで、繁盛したことは嬉しいと、喜んでいる場合ではないのです。
例えば、医薬品メーカーの多くが、動物用医薬品市場での成功を拒否したという事実は、世界の畜産市場の規模と、重要性に対するマネッジメントの認識の欠如、第二次世界大戦後における、動物性蛋白質の需要の伸びに対する読みの甘さ、農民の知識や能力の変化に対する、理解の欠如を意味したに過ぎず、メーシーにおける家電の予期せぬ成功は、ブルーミング・デイルが理解したように、消費者の行動、期待、価値観が基本的に変化したことを意味し、第二次世界大戦までは、百貨店の顧客は、特定の社会的経済的階層、特定の「所得階層」の人たちでしたが、戦後は、特定の「生活様式=ライフスタイル」の人たちが百貨店の顧客となり、ブルーミング・デイルは、アメリカの百貨店、特に東部の百貨店のなかで、最初にこの変化を認識し、利用し、新しい大店舗小売店を生み出すことに成功したのです。
一般企業や大学の研究室における試験用機器の予期せぬ成功は、100年近くにわたって存在していた科学機器の使用者間における目的、要求、期待の境界線が、急速に消滅したことを意味し、30年或いは40年という長い期間、自らを病院用機器の設計、生産、販売に携わる者と規定し、しかもそのように規定することによって成功を収めてきたものが、今や自らを試験用機器一般のメーカーとして規定し直し、かっての市場より大きい市場を相手として、製品の設計、生産、販売、サービスのための能力を発展させなければならなくなっていたのですが、気付いたときには、市場の大きな部分は永久に失われていたのです。
この様に気づかない成功(予期せぬ成功)は、イノベーションの機会であるだけではなく、それはまさに、イノベーションに対する要求であり、気づかない(予期せぬ成功)は、自らの事業の定義についていかなる変更が必要か、自らの技術と市場の定義について、いかなる変更が必要かを自らに問うことを強いるので、それらの問いに答えたとき、初めて気づかない(予期せぬ成功)が、最もリスクが小さく、しかも最も成果が、大きいイノベーションの機会となるのです。
先ほどの外食店の事例であれば、今までとは異なるライバルと闘う必要が出たことを理解することであり、商品力、サービス力、店舗力において、他の強力なライバルと闘わなければいけない時期に来たことを理解しなければいけないのですが、往々にして、個人経営に近いオーナーにはこのようなマネッジメント上の理解はほとんど出来ておらず、飲食店の場合も、われわれのような企業の場合もまったく同様であり、企業規模が大きくなるにつれて、ビジネスは複雑になり、難しくなってくるので、企業のトップのあり方が問われるのです。
われわれのようなビジネスは、企業のトップの考え方ですべてが決まると言っても言い過ぎでないほど、トップの日々のあり方が問われていて、トップを支える強力なマネッジメント・チームの存在が、その企業の明日を左右し、当社の場合も、強力なマネッジメント・チームの半数は女性たちで、女性たちはたいへんシビアにものごとを判断し、女性たちは、将来の危機の可能性に関して、たいへん敏感で、常にアンテナを高く張っているので、企業の早い時期から、シビアに判断出来る女性たちをマネッジメント・チームに入れることは欠かせないのです。
また、このテーマである気づかない成功、予期せぬ成功、予期せぬ良い兆候には、用心深さが、尋常ではないくらい、用心深くしていても構わず、そんなことはあり得ないだろうと、思うことが命取りになるので、トップ・マネッジメントは気付かない成功に関しては、用心深さにおいて、呆れるくらいの用心深さがあっても構わず、当社もこの件に関しては、改めて社内基準を作らねばと思っている次第です。
「デユポンとIBMの事例」
世界最大級の2つの企業、即ち世界最大の化学品メーカーであるデユポンと、コンピュータ産業の巨人IBMの2社は、予期せぬ成功をイノベーションの機会として利用し、その後の発展の礎とし、デユポンは130年間、自らを火薬メーカーと規定していたのですが、1920年代の初頭、初めて他の分野に進出すべく、組織的な開発研究に取り組むことにし、その1つに、第一次世界大戦中に、ドイツが突破口を開いたポリマーの開発があったのですが、デユポンは何年もの間、一向に成果を上げることが出来なかったのですが、1928年のある週末、研究助手の1人がバーナーの火を消し忘れたところ、翌週月曜日の朝、科学者ウオレス・H・カロザースが、繊維状に凝結したポリマーを見つけた10年後、デユポンはナイロンの製造方法を発表したのです。
この話のポイントは、ドイツの大手化学品メーカーでも、これと同じ出来事がすでに何度も起こっていたということにあり、もちろん彼らもポリマーを求めていたので、彼らはデユポンより10年も早く、ポリマーとともに化学産業界のトップの地位を手にすることが出来たはずでしたが、開発研究を組織的に進めていなかった彼らは、たまたま繊維状に凝結したものを洗い流し、初めから実験をやり直すことを繰り返していたのです。
IBMの例もまた、予期せぬことから何が得られるか教えてくれ、IBMの今日があるのは、まさに予期せぬ成功を、1度ならず2度までも利用したためであり、1930年代の初め、IBMは倒産寸前で、銀行用の事務機の開発に、手持ち資金のすべてをつぎ込んでいたというのに、大恐慌の最中にあった銀行は新しい事務機を買ってくれなかったので、当時、レイオフを行なわないことを、すでに社是としていたIBMは、倉庫に積み上げるだけのために、次から次へと生産を続けていたのです。
伝えられるところによれば、そのようなどん底にあった頃、ある晩餐会でIBMの創立者トーマス・ワトソン・ジュニアの隣に1人の女性が座り、彼の名前を知ってその女性は、「IBMのワトソンさんですか。どうしてお宅のセールスマンは、私のところに売り込みに来ないのですか。」と聞いたというのです。
彼女がNYの公立図書館の館長であることを知っても、その女性が何を求めているのか分からなかったし、そもそも彼は図書館になど行ったことがなかったので、翌日彼は、図書館の開館と同時に彼女の前に現れたのですが、当時、図書館には政府の予算がかなりついていて、2時間後、彼は社員に翌月の給料を払えるだけの注文を貰い、この話がでるたびに、彼は笑いながら、「その時思いつきで、新しい方針を一つ作ってしまった。現金先払いだ。」と言っていたのです。
その15年後、IBMはコンピュータを作ったのですが、初期のアメリカのコンピュータがみなそうであったように、IBMのコンピュータも科学計算用のものであり、そもそもIBMがコンピュータを作った理由のひとつに、ワトソンの天文学好きがあったので、マジソン・アベニューのショー・ウインドウーで公開し、大勢の見物客を集めたときも、月の満ち欠けを計算するようにプログラムしていましたのですが、すぐに、この「科学の偉業」たるコンピュータを、企業が給与計算など世俗的な仕事に使い始めたのです。
当時最も進んだ技術を持ち、しかも企業にうってつけのコンピュータを開発していたユニバックは、その偉業が世俗的な企業によって、いわば汚されることを嫌ったのですが、これに対し、IBMは企業のニーズに驚かされつつも直ちに応じ、競争相手のユニバックが開発した設計を模倣してまで、会計事務に向いていなかったコンピュータを設計し直し、IBMは4年足らずで、コンピュータ市場でトップの地位を得たのですが、技術的にIBMがユニバックに追いついたのは、さらにその10年後で、IBMは顧客たる企業のニーズに応え、プログラマーの訓練を有料で行なうなど、商業ベースで企業のニーズに応じたのです。
以上の事例を見ても、IBMは初期のころから、顧客中心主義の非常にフレキシブルな企業であったことが分かり、お客さまのニーズを満たすために、先手先手とさまざまな対策を立て、実行したので、まさに技術力を持った、マーケテイング先行企業であることが分かるのです。
これらの例と同じように、ナショナルやパナソニックのブランドで知られる、日本最大の家電メーカー、松下電器産業も、予期せぬ成功を積極的に利用して発展し、1950年代の初め頃と言えば、松下と言えどもまだ小さく、そして有名でもなく、東芝や日立などの名門の巨人と比べて見劣りしていて、松下も当時、他の家電メーカーと同じように、「テレビが日本で普及するには時間がかかる」と見ていたのです。
1954年か55年のことでしたが、日本のある家電メーカーの会長は、NYのある会合で、「日本は貧しく、テレビのような高いものは買えない」と講演していたほどだったのですが、松下電機は、農家はテレビを買えないほど、自分たちが貧しいとは思っていないという事実を受け入れ、事実、農家はテレビが、外の世界と接触させてくれることを知ったので、経済的には大変だったのですが、彼らはテレビを買ったのです。
当時、松下より優れたテレビを開発していた東芝や日立は、東京の銀座や大都市の百貨店で売っていて、地方の農民にとってはお呼びでないところだったのですが、これに対し松下は、農家を一軒一軒訪ねてテレビを売り、農家に対し、木綿の作業ズボンやエプロンより高い物を、その様に売ろうとしたのは、松下が初めてだったのです。
もちろん、売れない製品に対し予期せぬ関心を示してくれる女性が、たまたま晩餐会の隣の席に座ってくれるような僥倖をいつまでも待っているわけにはいかないので、多くの成功した企業とそうでない企業の明暗を分けたのは、以下のことであるのです。
1.顧客中心で、組織的に、体系的に顧客のニーズに、常に焦点を当てている
2.可能性にかけ、不可能と思わないで、チャレンジを続けている
3.むやみに実行するのではなく、必ず組織的で体系的な研究開発が欠かせない
4.IBMの事例も松下電器の事例も、技術的なイノベーションよりも、むしろ販売上でのイノベーションの方が、企業の成果に結びつきやすいことを示していて、IBMは給与計算等、企業のニーズにフォーカスし、プログラマーの訓練を有料で行なうなど、販売上のイノベーションを起こし、松下は価格の高いテレビを都会で売るのではなく、農村へ販売した
われわれは、新しい取組み、即ち、イノベーションを起こしたとしても、いつの間にか、お客さまを含む外部環境が変わり、起こしたはずのイノベーションがいつしか、古くなってしまうので、いつまでも通用する戦略はなく、常にお客さまの変化に合わせて、戦略を変更し続けなければいけないのです。
特にテレビのように技術革新の早い世界は、お客さまの変化も非常に激しいので、企業戦略も非常に複雑であり、長い将来を見据えて戦略が重要になることは、昨今の日本のお家芸であったテレビ事業が衰退してしまったのを見ても、分かり、IKEAのような家具の世界で、世界のお客さまのライフ・スタイルをリードする企業になったので、家具の世界では一人勝ちのような状態で、これもIKEAの戦略とコンセプトの良さであり、マネッジメントは何を大切にしなければいけないかを教えてくれている貴重な事例です。
世界の多くライバルがIKEAを真似、挑戦したのですが、挑戦に成功した企業はなく、ブルー・オーシャンで、ライバルが真似できないような規模になれば、最強のポジションを築くことが出来る素晴らしい事例です。
お客さまにフォーカスし、お客さまを研究し、お客さまの変化に注目し、お客さまのニーズに合せ続けることはこれからの企業には欠かせないので、これからは、企業は社内に「お客さま研究室」を持ち、お客さまの研究を深く、体系的に行ない続けることが欠かせず、当社が創業当初より、「麺研究室」を持ったように、企業規模の大小にかかわらず、「お客さま研究室」は、これからの生き残る企業には欠かせず、「お客さま研究室」の初代リーダーは、当然、トップが兼任すべきなのです。
昨日は、うどん学校の実技最終日の生徒さんたちの作品発表会であり、生徒さんの作品のチェックを行ないました。
画像は、トマトをテーマにした作品で、少し修正したあとです。
今日も最高のパワーで、スーパー・ポジテイブなロッキーです。