7月20日(月)、21日(火)の2日間、シンガポールで「1day ramen school」と「1day udon school」を開催し、2日間とも、私も参加します。
(https://www.yamatomfg.com/company/dream-studio/dream-studio-singapore/)
本日のテーマは「リーダーシップ」です。
本日は朝から久しぶりに大和と讃匠の経営会議で、スタッフたちとたくさんの議論を行ないました。
4月に新しくスタートした今期も、7月半になり、すでに3ヶ月半を経過し、各チームの成績も、上手くいっている部分、そうでない部分が、明確になってきました。
上手くいっていない部門ほど、他部門との連携が悪かったり、自部門内でのコミュニケーションが出来ていないのです。
仕事が出来るかどうかは、能力の差ではなく、能力がいくらあっても、連携プレーが出来なかったら、大きな成果を上げることが出来ないのです。
自分ひとりだけで仕事を行なう自営業のような仕事であれば、自分の努力だけで成果の差が出るのですが、今の時代は、常に他の人たちと一緒に働くような仕組みの中で仕事をしなければいけないのです。
江戸時代の農家とか、さまざまな職人が自分ひとりで仕事を完結できた時代が長く続いていた時代は、一人ひとりの腕と力で成果が決まっていたのです。
ところが、最近のように会社組織の中で多くの人と一緒に働くようになると、自分ひとりの力ではなく、いかに多くの人たちと協力しながら働くことが出来る能力を持った人が成果を上げやすくなるのです。
私の経営講義の教科書「ラーメン・うどん・蕎麦店の教科書」の第2章「ビジネスの成功=アイデア×コミュニケーション×アイデア」の人間力のページの一貫性のある行動⑤で、「すべてを理解していなくても、利用することは出来る」という項目があります。
例えば、われわれはスマートフォーンの中身のすべてを、理解している訳ではないのですが、誰でもスマートフォーンを使う事は出来、PCもまったく同様で、中身を知っている訳ではないのですが、使う事は出来るのです。
そして、中身を理解することよりも、使いこなすことの方がもっと大切であるのです。
ビジネスも同様で、アイデアを出すことが苦手であったり、コミュニケーションがあまり上手でなくても、アイデアの豊富な人を使うことが出来たり、コミュニケーションの上手な人を使いこなすことが出来れば良いのです。
例え、自分が何も出来なくても、出来る人を使いこなすことが出来れば、何ら問題はなく、仕事は十分に出来るのです。
そして、今の時代は世の中が非常に複雑になっているので、自分がすべて出来るということはありえず、多くの人に助けて貰わなければ大きな仕事を遂行することは出来ないのです。
これには、人間力が必要であり、人間力の定義が書いてある面白いサイトを見つけました。(http://www.j-cast.com/kaisha/2015/04/30234021.html)
●『人間力』が高い人とは?
信頼できる人/誠実な人/責任感がある人/器の大きい人/ビジネスを創れる人/リーダーシップがある人/正しい決断ができる人/先見性がある人/洞察力がある人/広い見識がある人/人に優しい人/頼れる人/安心して心を許せる人/高い志や理想をもっている人/相手の気持ちを察することができる人/思いやりがある人/人情がある人/知性や知恵が高い人/人の話を傾聴できる人/ついて行きたいと思う人/人を育てる人/部下の面倒見がいい人/人間性が豊かで温和な人/人徳がある人/勇気がある人/気配りができる人/人を助ける人/社会や人のために動く人・・・などです。
反面、「人間力」が低いと言われる人の特徴は、
●『人間力』が低い人とは?
信頼できない人/人の話を全く聞かない人/偉そうに見せる人/金儲けだけしか関心がない人/金持ちであることをひけらかす人/威張っている人/人を力で支配しようとする人/責任を取らない人/他責の発言が多い人/自己中心的な人/ずるく立ち回る人/人を騙す人/人を陥れる人/利己主義の人/発言が軽くて浅い人/ネガティブな発言ばかりの人/人を攻撃する人/いじめをする人/嫌味ばかりいう人/いつまでも成長がない人/易きに流れる人/上司の顔色ばかり気にしている人/頼ってばかりいる人/理性が感じられない人/主体性がない人/本質が見えない人/自分の頭で考えない人/自己確立してない人/リスクを取らない人/視野が狭い人/人に配慮がない人/品性のない人・・・などと要素がいくつも出てきます。
以上を見渡してみると、思い当たることばかりであり、その通りであることばかりなので、人間力が備わると、成果を上げることがより早く、より簡単になるのです。
会社組織の中で、多くの人たちと連携しながら働くようになればなるほど、高い人間力のある人ほど、大きな成果を上げることが出来るようになるのは、人間力の高い人ほど、信頼が高いのです。
従って、組織の中で上の方に立とうとすればする、人間力を磨き続けることが非常に重要なのです。
ところが、ほとんどのスタッフたちは、このことを理解しないで、問題をテクニックで解決しようとしているのです。
会議中に改めて、仕事の成果を上げるためには、専門分野の知識以上に、人間力の大切さを理解するに至りました。
本年2月21日から始まった、91日間に及ぶ、「イノベーションと起業家精神」の学びを終え、さらに学びを深めるために、5月26日より7月5日まで41日間の復習を進めてきましたが、さらに理解度を増すため、再再度、チャレンジし、自分自身を大きく変えるのに役立てていきます。
「デユポンとIBMの事例」
世界最大級の2つの企業、即ち世界最大の化学品メーカーであるデユポンと、コンピュータ産業の巨人IBMの2社は、予期せぬ成功をイノベーションの機会として利用し、その後の発展の礎とし、デユポンは130年間、自らを火薬メーカーと規定していたのですが、1920年代の初頭、初めて他の分野に進出すべく、組織的な開発研究に取り組むことにし、その1つに、第一次世界大戦中に、ドイツが突破口を開いたポリマーの開発があったのですが、デユポンは何年もの間、一向に成果を上げることが出来なかったのですが、1928年のある週末、研究助手の1人がバーナーの火を消し忘れたところ、翌週月曜日の朝、科学者ウオレス・H・カロザースが、繊維状に凝結したポリマーを見つけた10年後、デユポンはナイロンの製造方法を発表し、この話のポイントは、ドイツの大手化学品メーカーでも、これと同じ出来事がすでに何度も起こっていたということにあり、もちろん彼らもポリマーを求めていたので、彼らはデユポンより10年も早く、ポリマーとともに化学産業界のトップの地位を手にすることが出来たはずでしたが、開発研究を組織的に進めていなかった彼らは、たまたま繊維状に凝結したものを洗い流し、初めから実験をやり直すことを繰り返していたのです。
IBMの例もまた、予期せぬことから何が得られるか教えてくれ、IBMの今日があるのは、まさに予期せぬ成功を、1度ならず2度までも利用したためであり、1930年代の初め、IBMは倒産寸前で、銀行用の事務機の開発に、手持ち資金のすべてをつぎ込んでいたというのに、大恐慌の最中にあった銀行は新しい事務機を買ってくれなかったので、当時、レイオフを行なわないことを、すでに社是としていたIBMは、倉庫に積み上げるだけのために、次から次へと生産を続けていて、そのようなどん底にあった頃、ある晩餐会でIBMの創立者トーマス・ワトソン・ジュニアの隣に1人の女性が座り、彼の名前を知ってその女性は、「IBMのワトソンさんですか。どうしてお宅のセールスマンは、私のところに売り込みに来ないのですか。」と聞いたというのです。
彼女がNYの公立図書館の館長であることを知っても、その女性が何を求めているのか分からなかったし、そもそも彼は図書館になど行ったことがなかったので、翌日彼は、図書館の開館と同時に彼女の前に現れたのですが、当時、図書館には政府の予算がかなりついていて、2時間後、彼は社員に翌月の給料を払えるだけの注文を貰い、この話がでるたびに、彼は笑いながら、「その時思いつきで、新しい方針を一つ作ってしまった。現金先払いだ。」と言っていたのです。
その15年後、IBMはコンピュータを作ったのですが、初期のアメリカのコンピュータがみなそうであったように、IBMのコンピュータも科学計算用のものであり、そもそもIBMがコンピュータを作った理由のひとつに、ワトソンの天文学好きがあったので、マジソン・アベニューのショー・ウインドウーで公開し、大勢の見物客を集めたときも、月の満ち欠けを計算するようにプログラムしていましたのですが、すぐに、この「科学の偉業」たるコンピュータを、企業が給与計算など世俗的な仕事に使い始め、当時最も進んだ技術を持ち、しかも企業にうってつけのコンピュータを開発していたユニバックは、その偉業が世俗的な企業によって、いわば汚されることを嫌ったのですが、これに対し、IBMは企業のニーズに驚かされつつも直ちに応じ、競争相手のユニバックが開発した設計を模倣してまで、会計事務に向いていなかったコンピュータを設計し直し、IBMは4年足らずで、コンピュータ市場でトップの地位を得たのですが、技術的にIBMがユニバックに追いついたのは、さらにその10年後で、IBMは顧客たる企業のニーズに応え、プログラマーの訓練を有料で行なうなど、商業ベースで企業のニーズに応じ、以上の事例を見ても、IBMは初期のころから、顧客中心主義の非常にフレキシブルな企業であったことが分かり、お客さまのニーズを満たすために、先手先手とさまざまな対策を立て、実行したので、まさに技術力を持った、マーケテイング先行企業であることが分かるのです。
これらの例と同じように、ナショナルやパナソニックのブランドで知られる、日本最大の家電メーカー、松下電器産業も、予期せぬ成功を積極的に利用して発展し、1950年代の初め頃と言えば、松下と言えどもまだ小さく、そして有名でもなく、東芝や日立などの名門の巨人と比べて見劣りしていて、松下も当時、他の家電メーカーと同じように、「テレビが日本で普及するには時間がかかる」と見ていて、1954年か55年のことでしたが、日本のある家電メーカーの会長は、NYのある会合で、「日本は貧しく、テレビのような高いものは買えない」と講演していたほどだったのですが、松下電機は、農家はテレビを買えないほど、自分たちが貧しいとは思っていないという事実を受け入れ、事実、農家はテレビが、外の世界と接触させてくれることを知ったので、経済的には大変だったのですが、彼らはテレビを買ったのです。
当時、松下より優れたテレビを開発していた東芝や日立は、東京の銀座や大都市の百貨店で売っていて、地方の農民にとってはお呼びでないところだったのですが、これに対し松下は、農家を一軒一軒訪ねてテレビを売り、農家に対し、木綿の作業ズボンやエプロンより高い物を、その様に売ろうとしたのは、松下が初めてだったのです。
もちろん、売れない製品に対し予期せぬ関心を示してくれる女性が、たまたま晩餐会の隣の席に座ってくれるような僥倖をいつまでも待っているわけにはいかないので、多くの成功した企業とそうでない企業の明暗を分けたのは、以下のことであるのです。
1.顧客中心で、組織的に、体系的に顧客のニーズに、常に焦点を当てている
2.可能性にかけ、不可能と思わないで、チャレンジを続けている
3.むやみに実行するのではなく、必ず組織的で体系的な研究開発が欠かせない
4.IBMの事例も松下電器の事例も、技術的なイノベーションよりも、むしろ販売上でのイノベーションの方が、企業の成果に結びつきやすいことを示していて、IBMは給与計算等、企業のニーズにフォーカスし、プログラマーの訓練を有料で行なうなど、販売上のイノベーションを起こし、松下は価格の高いテレビを都会で売るのではなく、農村へ販売した
われわれは、新しい取組み、即ち、イノベーションを起こしたとしても、いつの間にか、お客さまを含む外部環境が変わり、起こしたはずのイノベーションがいつしか、古くなってしまうので、いつまでも通用する戦略はなく、常にお客さまの変化に合わせて、戦略を変更し続けなければならず、特にテレビのように技術革新の早い世界は、お客さまの変化も非常に激しいので、企業戦略も非常に複雑であり、長い将来を見据えて戦略が重要になることは、昨今の日本のお家芸であったテレビ事業が衰退してしまったのを見ても、分かり、IKEAのような家具の世界で、世界のお客さまのライフ・スタイルをリードする企業になったので、家具の世界では一人勝ちのような状態で、これもIKEAの戦略とコンセプトの良さであり、マネッジメントは何を大切にしなければいけないかを教えてくれている貴重な事例で、世界の多くライバルがIKEAを真似、挑戦したのですが、挑戦に成功した企業はなく、ブルー・オーシャンで、ライバルが真似できないような規模になれば、最強のポジションを築くことが出来る素晴らしい事例です。
お客さまにフォーカスし、お客さまを研究し、お客さまの変化に注目し、お客さまのニーズに合せ続けることはこれからの企業には欠かせないので、これからは、企業は社内に「お客さま研究室」を持ち、お客さまの研究を深く、体系的に行ない続けることが欠かせず、当社が創業当初より、「麺研究室」を持ったように、企業規模の大小にかかわらず、「お客さま研究室」は、これからの生き残る企業には欠かせず、「お客さま研究室」の初代リーダーは、当然、トップが兼任すべきなのです。
昨日はラーメン学校の見学に、お客さまが来社されました。
マルコメ味噌の宣伝に出てくるような、かわいい坊主頭の坊やが一緒で、今年のラーメン学校に参加するようになったのです。
今日も最高のパワーで、スーパー・ポジテイブなロッキーです。