本日のテーマは「人こそ、ビジネスの原点」です。
昨日朝のガルーダ・インドネシアの便で、マレーシアのクアラルンプールへ移動すると、インドネシアの雑踏とは別世界でした。
一部では、高層ビルも建ち、自動車は道路に溢れ、大規模の最新のショッピングモールも、たくさん出現していますが、インフラの整備が非常に遅れているのです。
空港ははるかに近代的で、先進国の空港に似ていて、空港から市内に入る道路が整備され、舗装のレベルも高く、インドネシアのように波打っていなくて、周辺の景色もきれいで、一番の大きな違いは、オートバイ、車が少なく、渋滞なくスムーズに市内に入れたことです。
インフラの整備は、インドネシアとマレーシアでは、隣国であるにもかかわらず、まったく違ったレベルで、マレーシアは、国民の数に比べてインフラ整備が行き届いているような感じで、ネット環境もはるかに良かったのです。
マレーシアの人口は約3千万人で、インドネシアの約8分の1しかなく、国民一人当たりGDPは世界65位で、118位のインドネシアの約3倍、27位の日本の約3分の1程度で、マレーシアでの人口の6割以上を占めているのはマレー系住民で、次が中華系住民で2割強、3番目がインド系で1割程度いて、これらの民族間の紛争が過去何度もあり、民族間の融和が取れていないのが、課題なのです。
マレーシアのもともとの宗主国はイギリスで、ホテルの電源コンセントの形状がイギリスと同じで、インドネシアとは異なり、持ち合わせがなかったので、ホテルで借り、隣国なので同じだと思っていたら、大間違いで、インドネシアはオランダの元植民地であり、マレーシアはイギリスの元植民地と異なっていますが、車は両国とも日本と同じ右ハンドルです。
今回、インドネシア、マレーシアとご案内戴いたお客さまに、昨日はクアラルンプールで最高に高級なモールにご案内して戴きましたが、来店客数と繁盛レベルはインドネシアとは比較にならないくらいで、閑散としていました。
クアラルンプールの中心街にあるホテルに宿泊していますが、周りは高層ビルが立ち並んでおり、至るところで工事をしており、国が発展しているように見えるのですが、飲食ビジネスは決して、活発ではないのです。
むしろ、飲食ビジネスはインドネシアの方がはるかに活発で、飲食ビジネスの難しさは日本に近いようで、同じ進出するのであれば、インドネシアの方が、成功し易いように見えました。
ご案内戴いたお客さまは、インドネシアとマレーシアの両国で、飲食ビジネスを行なっており、インドネシアでは、若い従業員を幾らでも集めることが出来るのですが、マレーシアでは人材の募集が非常に難しいようです。
私もさまざまなビジネスを見てきて、人材確保の難しいビジネスほど、ビジネス自体が難しく、儲かり難いような気がします。
従って、ビジネスを成功させるには、人材の確保が先で、今回訪問したインドネシア、マレーシアでも優秀な女性の確保が成功の鍵のようでした。
ところが新規にビジネスを始める人は、人の確保より、ビジネスを始めることを優先し、人の確保が後回しになるのですが、人材の確保を優先しないとビジネスが上手くいかない時代になってしまっているのです。
これは外食産業に始まったことではなく、どのようなビジネスを行なっても、今は人材の確保がすべてに優先し、すでに能力を持っている人を採用するだけではなく、才能の芽はあるが、まだ十分に育っていない人を育て上げる発想が重要になってくると思います。
人材についても、ヘッドハントのように、お金で買えると勘違いしている人は多いと思いますが、お金で買える人材は、もっと高い給料を提供してくれる場所があれば、そちらに流れていってしまうのです。
昔の武道の道場のような、多くの人が強い道場に修行に来るような会社を作り、自分のレベルを上げたいので、この会社に入りたいと思えるような会社を作ることが、優秀な人材を確保しながら、強い会社を作る近道のようです。
当社も、もうすぐ創業40年で、創業40年と言えば、軽い感じがしますが、建国40年と言えば、非常に重みを感じるのです。
40年経過して、やっと経営のことが少しづつ分かってきたのですが、ビジネスの成就において、人こそ、一番の要点であることは、どこの国においても、まったく同じで、これからの難しくなるビジネス環境では、人に焦点を当てた企業ほど、人に重点を置いた国造りほど、長い繁栄を得ることが出来るのです。
飲食ビジネスにおいても、ますます人に重点を置いた取り組みを行なう企業が勝ち組になり、目先の利益に重点を置いた企業が負け組になっているのです。
本年2月21日から始まった、173日間に及ぶ、「イノベーションと起業家精神」の学びを終え、最終のまとめに取り組んでいきます。
「4種類のリスク」
リスクには基本的に、下記の4つの種類があるのです。
(ドラッカー名著集⑥『創造する経営者』)
第一に負うべきリスク、すなわち事業の本質に付随するリスク
第二に負えるリスク、
第三に負えないリスク、
第四に負わないことによるリスク
ドラッカーは、経営計画では、まず リスクの種類を明らかにせよといったのです。
第一に、事業を行う限りは、ほとんどあらゆる産業に負うべきリスクがあり、 産業ごとに負うべきリスクは異なり、新薬には人体を傷つけるリスクがりますが、製薬会社にとって、新薬開発に伴うリスクこそ、 負うべきリスクの典型であり、リスクがいやならば撤退するしかなく、人を助けるべきものが人を傷つけるかもしれないという、製薬会社にとっては悲痛なリスクであり、過去には、サリドマイド禍があり、小児麻痺ワクチンによる死亡事故もあったのです。
第二のリスクと第三のリスクはペアであり、 一方に負えるリスクがあり、一方に負えないリスクがあり、 失敗しても多少の損失(資金と労力を失う)ですむというリスクは、負えるリスクであり、 逆に、失敗したら存続できないほどの資金がかかり、会社がつぶれるというリスクは、負えないリスクであり、ここにもう一つ、負えないリスクがあり、成功しても、その成功を利用できなというリスクであり、事業に着手するに当たっては、成功を利用できるか、もたらされる機会を実現できるか、それとも誰かのために機会をつくるだけかを問わなければならず、例えば、失敗すれば、投じた資金を失うだけですむのですが、成功すれば、人手と資金の追加が必要となり、そのときに調達できなければ、それはもともと負えないリスクだったということになるので、新しい事業に手を出すに当たっては、 後からやってくるどこかの大事業の水先案内人に終わらないか考えねばならないのです。
第四が、負わないことによるリスクであり、その典型が、革新的な機会に伴うものであると同時に、乗り遅れのリスクであり、第2次大戦直後のGEの原子力発電への進出であり、GEは、原子力発電は顧客たる電力会社にとって採算が合わないと見て、専門家は原子力を経済的な電力源にできる可能性は低いと見ていたのですが、GEは発電機メーカーの雄として、 たとえ万一であっても乗り遅れるという、リスクを負うわけにはいかなかったので、一流の人材を投入し、膨大な投資を行ったのです。
「もちろん何かを起こすにはリスクを伴う。 しかしそれは合理的な行動である。何も変わらないという居心地のよい仮定に安住したり、ほぼ間違いなく起こることについての 予測に従うよりも、リスクは小さい」(『創造する経営者』)
「トラック企業が負うべきリスクは」(ドラッカー学会理事、上野周雄氏)
リスクは負う価値のあるものにとどめることであり、計画が成功すれば、より大きなリスクを負担できるようになり、新規事業を起こす場合には、一流の人材を投入し膨大な投資を行なうということであり、勘や経験に頼らず、複数のリスクから最も合理的なものを選ぶことが必要で、トラック運送業界では、交通事故の発生は「負うべきリスク」で、自社のトラックが事故を起こさなくても、他の車の事故に巻き込まれる可能性もあり、交通事故が嫌ならば事業をやめざるを得ないのです。
第二は失敗した場合の損失が少なくてすむ「負えるリスク」で、第三は失敗したら会社がつぶれる「負えないリスク」ですが、「負えるリスク」と考えていても、成功後に次の資源(人・モノ・カネ)の追加投入ができなければ、もともと第三の負えないリスクだった――ということになるのです。
自社が強みとする最も重要な事業分野に大きな変化があったとすると、このとき新たな資源を投入するべきなのか、他社に先行を許すという大きなリスクがあり、これが第四の「負わないことによるリスク」で、経済活動において何よりも大きなリスクは、リスクを負わないことであり、リスクを負えなくすることであるのです。
「原理と方法」
起業家精神にリスクが伴うのは、一般に、起業家とされる人たちの多くが、自分がしていることをよく理解していないからであり、つまり、方法論を持っていないだけでなく、彼らは初歩的な原理を知らず、このことは、特にハイテクの起業家について言えることであり、特にハイテクによるイノベーションと起業家精神は、リスクが大きく困難なものとなっていて、ハイテクにおける発明発見によるイノベーションは、業績上のギャップや、市場、産業、人口、社会の構造変化に基づくイノベーション、さらには認識の変化にもとづくイノベーションに比べて、きわめてリスクが大きいのですが、ハイテク分野におけるイノベーションや起業家精神でさえ、ベル研究所やIBMの例が示すように、リスクは必ずしも大きい訳ではないのですが、そのためには体系的でなければならず、マネッジメントしなければならず、何にも増して、目的意識を伴ったイノベーションを基礎としなければならないのです。
「イノベーションのための7つの機会」
「1.イノベーションとは何か」
日本では、イノベーションとは技術革新と信じられていますが、ウイキペデイアによれば、イノベーション(英: innovation)とは、物事の「新結合」「新機軸」「新しい切り口」「新しい捉え方」「新しい活用法」(を創造する行為)のことであり、一般には新しい技術の発明を指すと誤解されているが、それだけでなく新しいアイデアから社会的意義のある新たな価値を創造し、社会的に大きな変化をもたらす自発的な人・組織・社会の幅広い変革を意味し、それまでのモノ・仕組みなどに対し、全く新しい技術や考え方を取り入れて新たな価値を生み出し、社会的に大きな変化を起こすことを指すのです。
イノベーションの定義は、1911年に、オーストリア出身の経済学者であるヨーゼフ・シュンペーターによって、初めて定義され、シュンペーターはイノベーションを、経済活動の中で生産手段や資源、労働力などを、それまでとは異なる仕方で新結合することと定義し、イノベーションのタイプとして、下記の5つを挙げています。
1.新しい財貨すなわち消費者の間でまだ知られていない財貨、あるいは新しい品質の財貨の生産、要するに、企業経営者の創造的活動による新製品の生産等、商品そのものに関わるイノベーション(エジソンの電灯、飛行機、ipod、iphone、ダイソンの掃除機、扇風機)
2.新しい生産方法の導入、新しい輸送方法の実現(コンテナー船)等、生産、輸送に関するイノベーション
3.新しい販路の開拓、新しい販売方法の実現(割賦販売)等、販売に関するもので、消費者の行動や価値観や、市場の面でのイノベーション(アマゾン、e-bay、楽天モール)
4.原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得、要するに新資源の占有によるイノベーション(製造受託企業)
5.新しい組織の実現による、受注、発注、間接業務などに関わるイノベーション(宅配便)
起業家はイノベーションを行ない、イノベーションは起業家に特有の道具であり、イノベーションは、富を製造する能力を資源に与えるだけでなく、イノベーションが資源を創造するのです。
「資源の創造」
人間が利用の方法を見つけ、経済的な価値を与えない限り、何ものも資源とはなり得ず、例えば、植物は雑草にすぎず、鉱物は岩にすぎず、地表に沁み出る原油やアルミの原料であるボーキサイトが資源となったのは、1世紀少々前のことであり、それまでは、単に知力を損なう厄介物にすぎず、ペニシリウムなるカビも単なる厄介物であり、資源ではなく、細菌学者たちは、ペニシリウムから細菌の培養液を守ることに苦労をしていたのですが、1920年代になり、ロンドンの医師アレキサンダー・フレミングが、この厄介物こそ細菌学者が求めているものであることに気づき、そのとき、初めてそれは、ペニシリンをもたらす価値ある資源となったのです。
社会や経済の領域でも同じことが起こり、経済においては、購買力に勝る資源はなく、購買力もまた、起業家のイノベーションによって創造され、19世紀の初め、アメリカの農民には事実上購買力がなかったので、数十種類もの収穫機が出ていたが、買えなかったのですが、そのとき収穫機の発明者の1人、サイラス・マコーミックが割賦販売を考え出し、農民は、過去の蓄えからではなく、未来の稼ぎから収穫機を購入できるようになり、突然、農機具購入のための購買力が生まれたのです。
画像は、クアラルンプール市内の一番高級なモールの中の回転すし店で、提供されていた純粋な手打ち蕎麦でした。
蕎麦自体はまずますであったのですが、そばつゆがうどん出汁のようでした。
マレーシアで、手打ち蕎麦を食べることが出来たことが驚きでした。
今日も最高のパワーで、スーパー・ポジテイブなロッキーです。