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うどん学校・ラーメン学校・そば学校・パスタ学校で開業&成果アップ|「イノベーションと起業家精神(まとめ)」「分析と知覚の役割、原因はわからなくても良い、外部の予期せぬ変化」

蕎麦学校の卒業式の1コマ

本日のテーマは「責任感」です。



徳川時代末期から大正時代にかけて活躍した、渋沢栄一(しぶさわ えいいち、天保11年2月13日(1840年3月16日)昭和6年(1931年)11月11日)は、武士(幕臣)、官僚、実業家で、第一国立銀行や東京証券取引所、理化学研究所等の多種多様な企業の設立・経営に関わり、日本資本主義の父といわれた人物ですが、渋沢栄一は経営の本質は、責任であると看破していたのです。

当社にもさまざまなポジションで、さまざまなスタッフが働いてくれていますが、私が常に気にしているのは、そのスタッフが果たしている責任です。

私はつねに、そのスタッフの能力以上の仕事を与えるので、スタッフにとって、その仕事を遂行することが簡単ではありません。

スタッフの仕事ぶりを見ていると、持っている力の100%を出し切っているスタッフもいたり、或いは、120%の力を出そうとしているスタッフもいるのです。

仕事は筋トレと同じで、仕事の能力を伸ばすのは、常に100%以上の力を出し続けることによってしか、能力を伸ばすことが出来ないのです。

今できることばかりやっていると、ぜんぜん力はつかず、出来ないことをやり続けることにより、無限に力を伸ばし続けることが出来るのです。

せっかく持っている力を出し切っていないスタッフは、自分で自分の人生を駄目にしているのです。

入社したときは、能力が高くなくても、成長を止めなかったスタッフ、どんな難しい仕事を頼まれても嫌と言わなかったスタッフが現在、当社の幹部になっているのです。

入社したときの能力がいくら高くても、成長することにチャレンジしておらず、成長を諦めた人、難しい仕事にチャレンジしなかった人たちは、すでに会社を去ったり、低いポジションのままでいるのです。

難しい仕事にチャレンジすることは、キツイ筋トレと同じように楽ではないのですが、キツイ筋トレも熱心にやり続けていると、楽しめるようになるのです。

そして、キツイ筋トレをやらずに過ごせなくなり、自分に厳しい負荷をかけることを楽しめるようになるのです。

人生は決して平たんな道ではなく、でこぼこ道の連続であり、嵐に遭ったり、海で遭難したり、思わぬ危険に遭遇することが当たり前なのです。

従って、どんな場合にも耐えることの出来るような忍耐力、意志力を養うのも難しい、出来ない仕事にチャレンジし続けることによって養われるのです。

そして、この様にして得た能力は、誰のものでもなく、その本人のもので、これは後で、その本人の宝になり得るのです。

当社でも、プロ意識の強い人ほど、逃げないで難しい仕事にチャレンジするのです。

そして、大切なことは、自分で得た能力を自分だけのものにしないで、惜しげもなく、人に教えることです。

人に教えることによって、更に、そのスタッフは能力を拡大することが出来るのです。

人に教えることを止めない人ほど、無限に能力を伸ばし続け、自分が得た能力を教えるのを惜しんでいる人は、止まってしまうのです。

先日の経営講義でも、われわれ人間が地球に生まれた目的は、成長を続けることという話をしました。

これは、人類の歴史を見れば明らかであり、われわれはどんなときでも、片ときも成長を止めてはいけないのです。

そして、ビジネスの上では、責任を果たすことが欠かせないので、責任を果たしているスタッフほど、重く重用し、責任を果たしていないスタッフは、自然と信頼をなくしているのです。

責任感の強いスタッフは、例え、高いポジションにいなくても、仕事が時間内に終わらない場合、持ち帰って自宅でやっているのです。

責任感の低いスタッフは、常に約束を守らないで、残業は遅くまでしているのですが、成果が上がらないのです。

そして、会社でいる時間は試合の時間で、徹底的に与えられた仕事と格闘する時間です。

プロは、試合の時間以上に練習時間を取り、練習時間は仕事の時間以外で取らねばならないのです。

練習時間を十分に取り、常に能力を上げ続けることが、プロであり続けるには、欠かせないのです。

信頼は、仕事の時間だけで決まるのではなく、それ以外の時間をどのようにして使っているかで決まるのです。

本年2月21日から始まった、173日間に及ぶ、「イノベーションと起業家精神」の学びを終え、最終のまとめに取り組んでいきます。

「分析と知覚の役割」

本書のテーマであるイノベーションとは、組織的かつ体系的に行なう仕事であるのですが、それは同時に、分析的であるとともに、知覚的な仕事でもあり、もちろんイノベーションを行なうとする者は、見聞きしたものを論理的かつ、詳細に分析する必要があり、知覚するだけでは駄目なのです。

「知覚」が、単に「感じること」を意味するのであれば、イノベーションにおいて、知覚はまったく役に立たず、そのような知覚は、「見えるもの」ではなく、「見たいもの」を見ているに過ぎないのであり、自分の「見たいもの」を見るのではなく、「既に起きている真実」を見なければ(知覚しなければ)いけないのです。

イノベーションは分析的であるとともに、知覚的な仕事であり、実験と評価を伴う緻密な分析といえども、その基礎は、あくまでも変化、機会、現実、現実と認識のギャップなどに対する知覚であり、「分析できるほど、未だ分からない。しかし、必ず見つけ出す。外に出かけ、観察し、質問し、聞いてくる。」と言わなければならないのです。

予期せぬものは、通念や自信を打ち砕いてくれるからこそ、イノベーションの宝庫であり、まさに日本のうどん蕎麦店、ラーメン店ビジネスに起きているのが、予期せぬものであり、数年あとには、あのとき大きな変化があったと言われる可能性があることが今、起きていて、起きていることは感じるのですが、原因は分かっていないのです。

過去、当社はうどん蕎麦店市場と景気の関係を読み解き、うどん蕎麦店の市場規模は、日経平均株価と反比例していて、株価が下がると、うどん蕎麦店市場規模は拡大し、株価が上がると、反対にうどん蕎麦店市場が凹むという現象を見つけ出したのは、過去のデータの分析で分かったので、私は分析の大切さも身をもって理解しています。

「原因はわからなくても良い」

実際のところ、起業家たる者にとって、現実が変化した原因を知る必要はなく、先ほど述べた2つのケース(インドの錠前とアメリカの住宅)の場合は、なぜ起こったかが簡単に分かったのですが、何が起こったかは分かっても、なぜ起こったかは、分からないことの方が多いのですが、例えそうであっても、われわれはイノベーションを成功させることが出来るのは間違いなく、ここに1つの面白い事例があるのです。

1975年に起こったフォードのエドセルの失敗は、余りにも有名であり、少なくともアメリカ人ならば、当時まだ生まれていなかった者でさえ、聞いたことのある話なのですが、エドセルがギャンブルのようなプロジェクトだったという、一般に伝えられている話は、まったくの誤りで、フォードのエドセルほど、慎重に設計し、売り出し、マーケテイングした製品はなかったのです。

第2次大戦後の倒産寸前の状態から、GMの競争相手としてアメリカ市場で2位に座を確保し、急速に成長しつつあるヨーロッパ市場で、1位の座を狙うに至った10年間に及ぶフォードの大戦略において、エドセルは総仕上げとなるべきモデルで、1957年当時、フォードは、アメリカ4大自動車市場のうち、3つの市場でGMの強力な競争相手としての地位を確保していて、「一般」市場にはフォード、「中流の下」市場にはマーキュリー、「上流」市場にはコンチネンタルを擁していて、残る1つの市場、すなわち競争相手のGMがビュイックとオールズ・モビルによって支配していた「中流の上」市場を狙ったのが、エドセルだったのです。

この市場は、とくに第2次大戦後急速に成長している市場でありながら、第3位のクライスラーも手をこまねいている市場であり、フォードにとって、ドアは大きく開かれていて、フォードは企画と設計に時間をかけ、市場調査によって得た情報、特に車体についての消費者の好みを設計に組み込むとともに、品質管理についても最高の基準を設定したのですが、それにもかかわらず、エドセルが失敗だったことは、発売と同時に明らかになったのですが、失敗に対するフォードの対応は目を見張るものだったのです。

消費者の行動の不合理をこぼす代わりに、消費者行動についての、それまでの考え方、長い間有効であったために、自明の理とされていた考え方とは、合致しないことが、何か起こっているに違いないと結論を出し、そして外へ出て調べた結果、1920年代にアルフレッド・P・スローンがGMの成長の基礎とした、アメリカの自動車市場の区分けの仕方、即ち、「一般」「中流の下」「中流の上」「上流」という区分が、まったく新しい市場区分、すなわち、ライフ・スタイルと今日言われているものに変わりつつあること、或いは少なくとも、それと共存するようになっていることを知ったのです。

その結果として考えられたのが、エドセルの失敗のわずか数年後、自動史上、ヘンリー・フォード・シニアによる、1908年のT型フォード以来の大成功となったサンダーバードの開発で、フォードは、GMの関係者としての地位を脱し、強力な競争相手として再登場し、今日でもわれわれは、自動車史上、重要なこの変化の原因を、知ることが出来ないでいるのです。

それは、ベビー・ブームによる人口の重心が10代へ移行したことや、高等教育の恐るべき普及、女性の生き方の変化など、一般に指摘されている現象が、生じる前に起こっていて、しかもわれわれは、そもそも、ライフ・スタイルが何を意味するかさえ、まだ知らず、ライフ・スタイルについて、これまで行われてきた説明はいずれも決定版ではなく、われわれが知っていることは、何かが起こったということだけであるのです。

しかし、成功にせよ、予期せぬことが起こったことを知るだけで、イノベーションの機会とするには十分であり、フォードのエドセルの失敗により、今まで長い間行なわれてきた、市場のセグメント方法そのものが崩れ去っていたのが分かったのです。

予期せぬ失敗は、そのような一番基準となるものが、時代の変化とともに変化していることを見つけ出すのには、最適な方法であり、われわれのビジネスの源泉である、うどん蕎麦市場、ラーメン市場も同じ様な地点に立っていることを認識出来、例えば、うどん蕎麦店、ラーメン店のメイン・ターゲットは今までずっとサラリーマンであると信じられてきていたのですが、サラリーマンの絶対人口が既に大きく減少し、大手外食も同様にサラリーマンをターゲットにしているので、この市場のウマミが急激に減少し、反対に、女性とシニアが消費者市場としても、労働力供給市場としても、大きくクローズアップされるようになってきて、過去の常識が崩れ去ろうとしているのです。

1人世帯の増加、晩婚化、生涯未婚率の急激な増加、生産年齢人口の更なる減少、コンビニによる外食分野への参入等々、日本の外食を取り巻く環境は、日増しに厳しくなっていて、分析だけでなく、われわれは外へ出て、現に起きている現象を理解しなければいけないのですが、経営講義に参加していた生徒さんが早速、セブン・イレブンに行き、下記のような報告をしてくれました。

「早速学んだ事でできる事を始めようと、昨日、セブンイレブンのメニュー・棚割、商品チエックを帰宅途中の店舗で行ってみました。総菜麺など、商品のネーミングまでいろいろ考えてあって、とても参考になりました! たとえば、「ドーンと4枚!チャーシュー麺正油味」とか「ごっつ盛り肉野菜とんこつラーメン」など工夫されているのに驚きました。(今まで、気づいていませんでした)。」

「3.外部の予期せぬ変化」

これまで、予期せぬ成功や失敗は、企業や産業の内部で起こるものとして論じてきましたが、マネッジメントが、今日手にしている外部の事実、すなわち、情報や数字には表れない事象も同じように重要な意味を持ち、それらの事象は、企業や産業内部の事象よりも重要であることが多いのです。

画像は、蕎麦学校の卒業式の1コマで、この日も8名の生徒さんたちが巣立っていきました。

レッドオーシャンではなく、ブルーオーシャンで素晴らしい成果を上げることを祈っています。

今日も最高のパワーで、スーパー・ポジテイブなロッキーです。

Picture of 藤井 薫(ロッキー藤井)

藤井 薫(ロッキー藤井)

株式会社大和製作所、株式会社讃匠 代表取締役。
令和5年 秋の叙勲にて「旭日単光章」受章。

1948年5月、香川県坂出市生まれ。国立高松工業高等専門学校機械工学科卒業。川崎重工株式会社に入社し、航空機事業部機体設計課に配属。その後、独立し、1975年に大和製作所を創業。

過去48年以上にわたり、麺ビジネスを一筋に研究し麺ビジネスの最前線で繁盛店を指導。麺専門店の繁盛法則について全国各地で公演を行う。小型製麺機はベストセラーとなり、業界トップシェアを誇る。
「麺店の影の指南役」「行列の仕掛け人」として「カンブリア宮殿」「ありえへん∞世界」「スーパーJチャンネル」等、人気TV番組に出演するほか、メディアにも多数取り上げられる。
また、2000年4月にうどん学校、2004年1月にラーメン学校とそば学校を開校し、校長に就任。

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