まずは、お知らせです。
来週9月27日(日)から29日(火)の3日間、ドリー
1. 業界の異変速報!!~40年業界をみてきた藤井だからわ
2. 人材育成・多店舗展開・海外進出するためには
3. 女性にウケる店舗とは?
※イベントは終了いたしましたが、そのほか定期的にイベントを開催しております
本日のテーマは「社内学校」です。
昨日から「One day ramen school」が始まり、ロシアとか、ベルギーのように想像を超えた遠方から、今回のイベントだけのために参加した熱心な方ばかりで、日本人参加者は1名だけで、ラーメン店を志す人たちが、日本人から現地人に広がっていることが良く分かります。
遠方から参加の生徒さんほど熱心で、講義中に何度も質問があり、それらに答えていくと、海外の人たちが何に困っているのか、海外で開く場合は、何が課題になっているのかが、良く分かります。
午前中は、私の英語のレクチャーで、何回も繰り返していると、以前よりだいぶ慣れてきました。
まだ、学ばなければいけない課題はたくさんありますが、先日の『EQ英会話』で学んだことも早速役立ち、書籍中に書いていたように、英語は特に大きな声で話すことが、1つのポイントであることが良く分かりました。
私の場合は、必要に迫られての英会話なので、どうしてもやらねばならないのです。
現在、私は学校の生徒さん向けの学校で、生徒さんにマネッジメントを教えているのですが、本日の「イノベーションと起業家精神」のコンテンツを書きながら、社内学校の必要性を強く感じたのです。
会社をこれから更に強くするのは、1人ひとりのスタッフの学びを深めることで、最近、私の経営講義の社内の参加者を見ていて感じるのは、参加回数の多いスタッフほど、価値観を共有出来ている事実です。
麺学校はもともと生徒さん対象の学校ではあるのですが、新入社員だけを最初に参加させているのですが、最初だけでなく、普段に参加させることの大切さが、この度良く分かりました。
麺学校の経営講義の場合は、外部の生徒さんがほとんどなので、当社のスタッフに限定した学校の方が、本当は、必要なテーマに集中出来るのです。
会社トップとして、強い会社作りの未来を作るための、社内学校の重要性にたいへん気づいたのです。
いずれにしても、私のエネルギーを傾けなければ出来ないことばかりではありますが、これも昨日のフェイスブックに書いたように、最初は拙い内容であっても、教材をコンテンツとして残していくことにより、マネッジメントは大きく進化するのです。
例えば、当社のスタッフたちが、日々、それぞれの専門的な仕事を行なっているのですが、彼らが日々やっていることすべてをコンテンツとして残しておくと、それらが次の後輩の役に立つのです。
そのコンテンツを教科書として、次の世代を教育することが出来るのです。
次の世代は、更にそのコンテンツを活用し、問題点を修正し、常に見直すことにより、コンテンツの内容を常に「Up to date」出来るのです。
この様にしてみると、社内のあらゆることをデータ化して残しておくこと自体が、立派なマネッジメントの実践であったのです。
マネッジメントは決して難しいこととか、面倒なことではなく、やらなければいけないことを、キチンとやることであったのです。
当社の社内でもすべてのスタッフたちが、間違いなく日々の仕事をこなしているのですが、残念ながら、仕事を進めるためのコンテンツ(手順書、マニュアル、勘所を記した書類)が不足しているのです。
私が過去、コンテンツを作り続けてきたように、これからは社内のコンテンツ作りが、スタッフたちの大切な仕事になり、今回、英文でコンテンツを作ったように、これからは海外のスタッフたちが急速に増えるので、日本語と英語の併記のコンテンツが必要になってくるのです。
創業のころからは、想像も出来ないような複雑な状態になっていることが良く分かり、そうしなければ、さまざまな人種が一緒に働く、これからのグローバル時代に生き残ることは出来ないのです。
本年2月21日から始まった、173日間に及ぶ、「イノベーションと起業家精神」の学びを終え、最終のまとめに取り組んでいきます。
「規模は関係ない」
事業が起業家的であるためには、新しさや小ささを超えた何かが必要であり、事実、新しい小さな事業のなかでも、真に起業家的な事業は少なく、起業家的な事業は、何か新しいもの、異質なものを創造し、変革をもたらし、価値を創造し、起業家たるためには、新しさや小ささは必要なく、それどころか、起業家精神は大企業、しかもしばしば歴史のある企業で実践され、100年以上の歴史を持つ世界的な大企業GEは、昔から起業家的な事業をゼロからスタートさせ、立派な産業に育て上げていて、その起業家精神を製造業に限定せず、金融子会社のGEクレジットは、アメリカの金融システムを一変させ、ヨーロッパにまで進出して、金融界のマジノ線を迂回することに成功し、産業金融における銀行の伝統的な独占を破ったのです。
イギリスの大店舗小売業マークス・スペンサーは、過去50年間、ヨーロッパで最も革新的かつ起業家的な企業として、イギリスの経済、さらには社会に対して大きな影響を与え、その影響は、政府や法律よりも大きく、GEやマークス・アンド・スペンサーを起業家たらしめているのは、規模や成長とは異なる、別の何かであり、同じような日本の事例は、コマツで、コマツは世界中で販売しているブルドーザーをインターネットでつなぎ、ブルドーザーの稼働率を見て、部品交換の時期とか、オーバーホール時期を確認したり、盗難にあったブルドーザーの位置を確認し、エンジンのスイッチを切り、使用出来ないようにしているのです。
大企業であっても、起業家精神を持ち、イノベーション体質を持って成功している企業は世界中にたくさんあり、グーグルとかアップルはその典型的な事例であり、起業家精神を持つことは、事業を行なう上で、また、どんなに小さい事業を始める上でも欠かせず、従って、われわれ起業家にとって大切なことは、社会に良い影響を及ぼし、多くの人たちを幸せにするためのイノベーションと起業家精神を持ち合わせて、果敢にビジネスを進めることが欠かせないのです。
「大学と病院の例」
起業家精神とは、経済的な組織に限定されるものではなく、起業家精神の歴史において、近代的な大学、とくにアメリカの大学の創設と発展に勝る例はなく、西洋における近代的な大学は、ドイツの外交官ヴィルヘルム・フォン・フンボルトが構想し、ベルリン大学を創設し、その60年後、ベルリン大学が頂点に達した1870年頃、大西洋を隔てたアメリカでも、社会改革の旗手としての大学というフンボルトの考えが実現し、その後の30年間において、名だたる学長が次々と現れ、アメリカ型の新しい総合大学を創設し、1世紀前にベルリン大学が、学問研究の分野で世界の指導的地位をドイツにもたらしたように、第1次世界大戦後、その地位をアメリカにもたらしたのです。
第2次世界大戦後、起業家精神にあふれた教育界の人たちが、NYのペイス大学、フェアレイ・デイキンソン大学、NY工科大学、ボストンのノースイースタン大学、西海岸のサンタクララ大学、ゴールデン・ゲート大学のような新しい都会型の私立大学をつくり、近年アメリカで最も成長した高等教育機関が、それら新しい型の大学であり、講義そのものは以前とあまり変わらなかったのですが、対象が異なり、高校の新卒者よりも、すでに働いている人たちを対象にし、寄宿舎に住み、週5日、9時から5時まで講義に出る昔ながらの学生ではなく、自宅に住み、夜間の授業に出てくる大都市の成人に的を絞り、伝統的な大学生よりも、多様な生活背景を持つ種々雑多な学生を対象にし、それらの大学は、市場の変化、すなわち学位が上流階級のものから中流階級のものに変化したこと、さらには、大学に行くことの意味が変化したことに対応し、まさに起業家精神によって生まれた大学だったのです。
265年続いた江戸時代に鎖国を続けていた日本が、幕末から明治維新に移行し、近代国家に早く移行し、経済大国になることが出来た大きな遠因は、過去の日本の教育の歴史で、江戸時代の藩校に源流を見ることが出来、果たした役割が、非常に大きなものがあり、藩校の内容や規模は多様ですが、藩士の子弟は皆強制的に入学させられ、後に、武士階級以外に開放された藩校もあり、広義では医学校・洋学校・皇学校(国学校)・郷学校・女学校など、藩が設立したあらゆる教育機関を含み、全国的な傾向として、藩校では武芸も奨励され、7〜8歳で入学して第一に文を習い、後に武芸を学び、14〜15歳から20歳くらいで卒業し、教育内容は、四書五経の素読と習字を中心として、江戸後期には蘭学や、武芸として剣術等の各種武術などが加わり、藩校の入学における主な試業(試験)は素読吟味であり、四書(儒学の基本文献。「大学」「中庸」「論語」「孟子」の総称)のうち、抜粋した漢文を日本語訳で3回読み上げ、内容の解釈はともかく、読みの誤謬(読み間違い)、遺忘(忘れてしまうこと)の多少で合否が決まり、江戸時代の藩校では現在では考えられないような厳しい教育制度であり、その制度の下で、幕末に海外から日本に来た諸外国の外国人たちは、日本人の素養の素晴らしさに舌を巻いたのです。
徳川家光時代までの武断政治から文治政治への転換と共に、藩校が各地に設立され、日本初の藩校は、1669年(寛文9年)に、岡山藩主池田光政が設立した岡山学校(または国学)で、全国的に藩校が設立された時期は宝暦期(1751年〜1764年)以後であり、多くの藩が、藩政改革のための有能な人材を育成する目的で設立した学校が多く、各地では優秀な学者の招聘も盛んに行われ、発展期には全国に255校に上り、ほぼ全藩に設立され、藩校の隆盛は、地方文化の振興や、各地域から時代をリードする人材等の輩出にも至り、代表的な藩校としては、会津藩の日新館、米沢藩の興譲館、長州藩の明倫館、中津藩の進脩館、佐賀藩の弘道館、熊本藩の時習館、鹿児島藩(薩摩藩)の造士館などが有名であり、特に薩長の雄藩では教育においても優位に立っており、薩長土肥の連合において有力な人材を輩出したのです。
「世界ランキング統計局」によれば、2012年10月3日、イギリスの高等教育専門誌「The Times Higher Education」が、2012年版の「World University Rankings 2012-2013」を発表し、「世界大学ランキング」は、「教育環境」「国際性」「産業界からの収入」「研究」「引用」の5つの全体的指標と、13の個別的指標から評価され、その中から上位400大学が公表され、ランキング1位は昨年同様、カリフォルニア工科大学(アメリカ)が選ばれ、2位にオックスフォード大学(イギリス)、3位スタンフォード大学(アメリカ)と続き、1位から25位までは、12位のチューリッヒ工科大学(スイス)を除き、全てアメリカ、イギリス、カナダと、英語圏の国の大学で占められ、非英語圏の国の大学では27位の東京大学が最高位であり、アジアの大学では、東京大学に次いで、29位シンガポール国立大学(シンガポール)、35位香港大学(香港)、46位北京大学(中国)、50位浦項工科大学校(韓国)の順となっていて、これらアジアの大学は近年、急速に順位を上げてきていて、このランキングの指標ごとのスコアをみると、日本の大学の弱点が浮き彫りになり、中でも「国際性」のスコアが総じて低いことが指摘され、特に、東京大学27.6点や京都大学の26.3点は、トップ100にランクインした世界の大学の中でも最低水準であり、「国際性」は外国人教員や留学生の比率などで評価され、今後はこの弱点を克服するために、大学制度の改革や、海外からの高度人材の誘致とそれに伴う法整備、外国人の就職環境の改善など、大学と政府、企業を巻き込んだ具体的な政策が求められるのです。
当社が麺學校を運営しているのは、麺打ち職人を育てるためではなく、経営者を育てる学校を行ない、製麺機を販売するためではなく、卒業した生徒さんが業界で大成功し、永く繁栄するためにマネッジメントに力を置き、すでに多くの同業者が教えている内容ではなく、世界中を巡って入手している、常に新しい情報、ノウハウを提供しているのです。
ある調査によると、うどん店、蕎麦店、ラーメン店では、新規開業後1年以内に40%以上が、3年以内に70%以上が閉店し、当社の製麺機のユーザーさまで、麺学校に参加していないお客さまの閉店率は、うどん蕎麦店で、1年未満が6.3%、3年未満が14.4%で、ラーメン店では、1年未満は4.6%で、3年未満が12.9%で、当社のうどん学校、蕎麦学校、ラーメン学校の卒業生で製麺機のユーザーにもなっている生徒さんの場合、うどん蕎麦店の1年未満の閉店は4.9%、3年未満の閉店率は12.7%で、ラーメン店の場合は、1年未満の閉店率は0%で、3年未満の閉店率は6.6%で、当社のユーザーさまとユーザーさま以外の店の閉店率の差が約5~6倍の違いがあり、麺学校を卒業し、ユーザーになった生徒さんと、当社の学校に来ないで、当社の製麺機も使わずに開業した方がたの差は、8~10倍の差があり、リスクを取ることと、学ぶことの大切さが改めてよく分かる生きた事例です。
近代病院の歴史からも、起業家精神についてのケース・スタデイーの本を書くことが出来、近代病院は、18世紀の末、エデインバラとウイーンで生まれ、アメリカでは19世紀に地域病院(コミュニテイ・ホスピタル)として生まれ、20世紀の初めには、メイヨー・クリニックやメニンガー基金など専門化した医療センターが生まれ、第2次世界大戦後には、保健センターが現われ、そして今日、医療界の新しい起業家たちが、救急外科クリニック、産婦人科センター、神経科センターなど、病人の介護ではなく、特定の医療ニーズに応えるための専門医療機関を生み出していて、世の中の変化に伴ない、学校にしろ、病院にしろ、あらゆるものに違ったニーズが発生し、それに対してイノベーションを起こして対応した人たちだけが社会を変えて、人びとの幸福に貢献しているのです。
昨日より、「One day ramen school」が始まり、今までのイベントと異なるのは、日本人の参加者が少なくなり、外国人の参加者が非常に増えたことです。
ラーメンの現地化が始まる、いよいよグローバル化の始まりで、海外のラーメン文化が今から大きく花開くときです。
今日も最高のパワーで、スーパー・ポジテイブなロッキーです。