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うどん学校・ラーメン学校・そば学校・パスタ学校で開業&成果アップ|「イノベーションと起業家精神(最終)」「マネッジメントの適用、脱大組織化の始まり、マネッジメントの原理と方法」

本日のうどん学校、実技最終日の様子で、私が盛り付けの指導をしているのです。右の盛り付け画像は、本日のパイナップルとマンゴーのフルーツスープのうどんで、私にとっても初めてのチャレンジでした。

本日のテーマは「日々、真剣勝負」です。

来週22日(火)から24日(木)までの3日間、ドリームスタジオ東京で、恒例のパワーアップ・イベントを開催し、私のセミナーも現在の時流に合わせ、多くの方の悩みである、次の3つ(①これであなたも悩まない、究極の人手不足解決法はこれだ!、②麺専門店の事業計画書作成&物件選び&            レイアウト作成のポイント大公開!、③究極の売上対策!)を用意しましたので、ぜひ、ご参加ください。

※本イベントは終了となりましたが、今後も定期的にイベントを開催しております。最新情報は下記のURLから
https://www.yamatomfg.com/special-noodle-events/

ラーメン学校卒業生のブータンのツエリンさんが立ち上げている「ブータン・ラーメン・プロジェクト」の件は、ブータン出身のツエリンさんにブータンでの日本のラーメン文化を広げて欲しいので、私と当社も応援していますので、皆さまのご協力を宜しくお願いします。
https://www.facebook.com/BhutanRamen/?fref=ts)

本日は、朝から大和の役員会議で、もうすぐ始まる来期の計画の打合せを行ないましたが、当社の役員会議は、男女ほぼ同数で、たいへん賑やかな会議で、面白いアイデアがたくさん出て、もうすぐ始まる来期がたいへん楽しみです。

簡単には出来ない、不可能を可能にする事柄ばかりで、思い切り、やりがいがあり、明るい未来が見えてくる計画で、期末にこのような役員会議を開催することは、大きな意味のあることなのです。

今期も期初には、さまざまなアイデアを盛り込んでいたのですが、今期は想定以上のことばかりが起き、私も含め、役員全員、たいへん鍛えられた1年であり、来期のための素晴らしい地ならし(下準備)の期間になりました。

毎日、毎日、真剣勝負で日々を過ごしていると、1ヶ月の経過、1年の経過が非常に早く、今年も正月が明けたかと思っていたのに、もうすぐ3月を終え、新しい期のスタートが間近なのです。

久しぶりの破天荒な役員会議の後、1時からはうどん学校の実技最終日の生徒さんの作品発表会で、その前に1度生徒さんは作品発表を行ない、講師に問題点を指摘され、修正したのを1時までに準備し、それを私がチェックしていくのです。

以前と比べると最近の生徒さんの作品は、格段に上達しているのですが、詳細に見ていくと、指摘する部分はだいぶあり、それぞれ問題点を指摘した後、再度、生徒さんにやり直して貰います。

このやり直しの程度を見ていると、徹底的にやり直す生徒さんも入れば、適当に済ませる生徒さんもいて、生徒さんのうどんビジネスにかける情熱の強さの差を感じるのです。

やり直してきた生徒さんの作品を再度指摘しながら、今度は生徒さんにやり直しをさせないで、私が直にやり直しを行ない、見栄えをうんと良くしていくのです。

生徒さんの作品の修正の後、私は自分自身の盛り付け技術の向上のために、常に新しい盛り付けにチャレンジし続けているのですが、生徒さんの盛り付けの修正と新しい盛り付けのチャレンジは、私の盛り付けの能力を大きく伸ばしてくれるチャンスなのです。

このようなチャンスを作っているので、私は私自身の盛り付けのセンスを向上させ続けることが出来るのです。

毎月、うどん学校、蕎麦学校が2回、ラーメン学校が4回あり、真剣勝負の1日ですが、この1日がどれほど、私の盛り付けのデザイン能力を伸ばすのに役立っているか、分かりません。

敢えて、このような時間を取っていることは、私にとっては素晴らしいチャンスであり、このような時間を取っていなければ、盛り付けの能力を伸ばすことは出来なかったはずです。

まったく新しい盛り付けは、最初からうまく形にならないことが多いのですが、これをやり続けているので、盛り付けの進化を続けることが出来ているのです。

盛り付けにおいても、すでに、出来上がっていることは安心領域なので、今までにやったことがない、新しい盛り付けは安心領域の外なのです。

本日は、イタリアから来た生徒さんのリクエストで、パイナップルとマンゴーを使った熱いうどん用スープを作ったのです。

最初、冷たいスープにしようと思ったのですが、生徒さんのリクエストで温かいスープでチャレンジしたのですが、一発で美味しい、温かいうどんスープが完成し、それを見ていた生徒さん全員が試食をしたいとのことであったので、全員に試食して貰いましたが、違和感なく、美味しいスープに仕上がっていて、生徒さんたちは驚いていたのです。

このような新しいスープにチャレンジするときも、私の頭の中のデータベースには、デジタルクッキングのデータがシッカリ詰まっているので、考える間がなく手が動き、手早くスープを作り上げたのに、イタリアから来た生徒さんも驚いていたのです。

日々、何ごとにも日々、真剣勝負でチャレンジし続けることは、たいへん意味のあることなのです。

丁度1年前の昨年2月21日から始まった、半年間以上に及ぶ、「イノベーションと起業家精神」の学びの最終のまとめに取り組んでいきます。

「マネッジメントの適用」

まさにアメリカにおいて起業家経済の出現が可能になったのは、次のような、過去マネッジメントとまったく無縁であった分野における、マネッジメントの新しい「技術」の適用だったのです。

1.新しい事業(ほとんどの人たちは、マネッジメントは既存の事業のためのものとしていて、新しい事業に適用すると考えていなかった)
2.小さな事業(ごく数年前までは、ほとんど人たちがマネッジメントは大企業のためのものとしていた)
3.医療や教育などの社会的機関の事業(ほとんどの人たちはマネッジメントという言葉を見ると企業を連想する)
4.田舎の食堂など、事業とさえ呼べないような事業
5.イノイベーションそのものであり、人間の欲求とニーズを満たすための機会を探し、実現するための活動

「役に立つ知識」としてのマネッジメントは、電子工学、固体物理学、遺伝学、免疫学などの今日のハイテクの基礎となっている知識と歴史の長さは変わらず、マネッジメントのルーツは、第1次世界大戦前後の1920年代の半ばであり、マネッジメントは、工学や医学と同じ意味で「役に立つ知識」であり、そのゆえに体系としてよりも、まず実務として発展し、1930年代末には、既にアメリカの幾つかの大きな事業体、特に大企業が、デユポンと、その姉妹会社というべきゼネラル・モーターズ(GM)、或いは大手小売業のシアーズ・ローバックがマネッジメントを利用したのです。

また大西洋の対岸ヨーロッパでは、ドイツのジーメンスや、イギリスの百貨店チェーン、マークス・アンド・スペンサーがあり、マネッジメントが1つの体系としてまとめられたのは、第2次世界大戦の直後で、マネッジメントについてのドラッカーの最初の著作「会社という概念」(1946)と「現代の経営」(1954)がマネッジメントを1つの体系としてまとめ、提示した最初の試みであり、世界的規模のマネッジメント・ブームは1955年頃始まり、マネッジメントは1部の企業による試行錯誤の実践から1つの体系へと急速に発展し、他のいかなる科学技術上の革新にも劣らない影響、恐らくはそれ以上に大きな影響をもたらし、第2次世界大戦後、あらゆる先進国が組織社会となったのは、マネッジメントの発展だけが主たる原因でなかったかもしれないのですが、あらゆる先進国において、とりわけ学歴の高い、多くの人たちが組織で働くようになり、それら組織の長でさえ、その多くが所有者ではなく、経営専門管理者になったのも、マネッジメントの発展だけが原因でなかったかもしれないのですが、少なくとも、マネッジメントが1つの体系として出現していなかったらならば、今日、先進国で見られる社会、即ち、組織化社会や従業員社会は実現していなかったに違いないのです。

もちろん今日でも、マネッジメントについて、知識労働者のマネッジメントについては、未知のことが数多く残り、マネッジメントの基本については、かなり明らかにされているのですが、マネッジメントはごく最近まで、多かれ少なかれ、特に大企業のものとされてきて、中小企業の社長たちにマネッジメント講座の案内を出しても、「わが社にマネッジメントは必要ない。大企業ではない。」という返事しか返ってこなかったのです。

「脱大組織化の始まり」

第2次世界大戦の終わりから少し前まで、組織の進歩とは大規模化を意味し、企業、労働組合、病院、学校、大学などあらゆる分野で見られ、大規模化には、いろいろ原因があり、大企業はマネッジメント出来るが、中小企業はマネッジメント出来ないという思い込みが、その最大の原因の1つであり、アメリカにハイスクールの大規模化をもたらしたのもこの思い込みであり、教育は専門家によるマネッジメントを必要とし、そのマネッジメントは、中小の組織ではなく大組織においてのみ可能であるとされたのが、遂にこの傾向が逆転を始め、脱工業化ではなく、脱大組織化を始めたのです。

われわれは、すでにある程度マネッジメントが行なわれている大組織よりも、中小の起業家的な組織こそ、マネッジメントが必要で、かつ大きなインパクト(良い影響)を持ち、マネッジメントが既存の事業同様に、新しい起業家的な事業にとっても大きな力になり、アメリカでは19世紀に誕生したハンバーガー店が、第2次世界大戦後に、あらゆる街角で見られるようになり、無数にあったハンバーガー店の中でマクドナルドは、パパママ・ストアに初めてマネッジメントを適用し、最大の成功物語となり、マクドナルドで行なわれたマネッジメントとは、以下の通りです。

1.マクドナルドは、最終製品を規定した
2.次に製造プロセスを規定した
3.設備を再検討し、牛肉、玉ねぎ、パン、フライドポテトの一片に至るまで、同一のものを、同一の時間で、自動的に生産できるようにした
4.顧客にとっての価値が何であるかを考え、それは品質と同質性、サービスの速さ、清潔さと親しみやすさであると結論した
5.そして仕事の基準を定め、従業員を訓練し、給与システムを決めた

以上がマクドナルドのマネッジメントであり、その当時は、きわめて進んだマネッジメントで、同じように取り入れることにより、日本での閉店率の極めて高い飲食店ビジネスも、規模の大きいビジネスになれる可能性があるのです。

「マネッジメントの原理と方法」

第2次世界大戦後のアメリカ経済を起業家経済として成功させたのは、科学や発明ではなく、このマネッジメントという「技術」であり、マネッジメント「技術」が、アメリカ社会そのものを起業家社会に変え、しかもマネッジメントは、やがてアメリカのみならずあらゆる先進国において、教育、医療、政府、政治、企業や経済に対してより大きなインパクトを与え、あらゆる先進国社会が切実に必要としている起業家精神そのものが、新しい問題や機会へのマネッジメントの適用なくしては成立しなくなり、イノベーションと起業家精神についても、イノベーションと起業家精神にかかわるマネッジメントの原理と方法を確立することであるのです。

画像は、本日のうどん学校、実技最終日の様子で、私が盛り付けの指導をしているのです。

右の盛り付け画像は、本日のパイナップルとマンゴーのフルーツスープのうどんで、私にとっても初めてのチャレンジでした。

今日も最高のパワーで、スーパー・ポジテイブなロッキーです。

Picture of 藤井 薫(ロッキー藤井)

藤井 薫(ロッキー藤井)

株式会社大和製作所、株式会社讃匠 代表取締役。
令和5年 秋の叙勲にて「旭日単光章」受章。

1948年5月、香川県坂出市生まれ。国立高松工業高等専門学校機械工学科卒業。川崎重工株式会社に入社し、航空機事業部機体設計課に配属。その後、独立し、1975年に大和製作所を創業。

過去48年以上にわたり、麺ビジネスを一筋に研究し麺ビジネスの最前線で繁盛店を指導。麺専門店の繁盛法則について全国各地で公演を行う。小型製麺機はベストセラーとなり、業界トップシェアを誇る。
「麺店の影の指南役」「行列の仕掛け人」として「カンブリア宮殿」「ありえへん∞世界」「スーパーJチャンネル」等、人気TV番組に出演するほか、メディアにも多数取り上げられる。
また、2000年4月にうどん学校、2004年1月にラーメン学校とそば学校を開校し、校長に就任。

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