昨日は朝早く鹿児島のホテルを出て、知覧へ行ってきました。
以前からチャンスがあれば、行ってみたいと思っていましたが、やっと念願が叶いました。
第二次世界大戦の最終末期に、沖縄本土決戦となった時、沖縄を守るために、主に二十歳前後の若い特攻隊員が飛び立った場所なのです。
その頃の日本は、敗戦色が濃い中で、飛び立って行った若者たちは、自分たちの力で、再度、日本がアメリカを含めた連合軍に勝てるようになると信じて飛び立った人は誰もいなかったはずです。
彼らは、彼らが命を落とすことで、例え日本が負けても後に残った人たちが少しでも有利に、良い状態で生きていけるようにと祈って、散っていったのです。
祈念館には、多くの戦死者の遺書、遺品、飛行機の機体、部品等、特攻隊員に関するさまざまな遺品が展示されていました。
そのような遺品を見て、館内での当時の様子のビデオを見て、有為の若い人たちを死に追いやった戦争を2度と絶対に、起こしてはいけないと思いました。
同時に、改めて、戦略の大切さも心底分かりました。
チャンスを作り、ぜひ、スタッフたちを連れて来たいと思います。
本日も、ドラッカーの名言の解説で、今日のテーマは「幹部の仕事と知識とはあまり関係がない」です。
14.幹部の仕事と知識とはあまり関係がない
(解説)ここで幹部とは、経営幹部のことを指していると解釈します。
「経営者のバイブル ドラッカーを学べ!」より
「経営者が能力の前に求められるもの」
■わたしが経営幹部の時代に、トップから言われ続けたことがありました。
いまでもそれを忘れずに覚えています。
それは、「できるかできないかではなく、やりたいのかやりたくないのかだ」、「できないというのならできる人と交代してくれ!」、「誰もお願いなどしていない、やりたくないのなら別に経営者でいる必要はない」。
■それから時が過ぎ、数年前のこと。
わたしは、ある会社の経営会議に同席していました。
その席で、こんな言葉を耳にしました。
「いまの自分の能力ではできるかどうかわからないー」。
そのときはじめて、当時自分が言われた言葉の意味を理解することができました。
経営者は、雇用されているのではなく、組織の明日を任されている。
重要なことは、できるかできないかという「能力」の前に、こみ上げる情熱があるかどうか、それをやりたいという「意思」があるかどうかが問われているのだ、ということ理解しました。
■経営に限らず、もとより約束された未来など存在しません。
とくに経営者の仕事は、不確実性との対峙です。
確実性の中での仕事を望むのであれば、自ら経営の任をもつべきかどうか考えなくてはなりません。
翻って「何によって人に憶えられたいか」という問いに対する答えは、自分自身を成長に導いてくれるものです。
自身の歩むべき道を定めれば、できる、できないといった種の言葉は消えるに違いありません。
と、以上のように、経営者であったり、新規に事業を始めるには、情熱、覚悟は欠かせないのです。
以下に、私の著書「情熱」(https://www.yamatomfg.com/company/books/jyonetsu/)より、情熱に関する部分を抜粋します。
「私の情熱の源泉」
私は1968年に川崎重工に入社し、合計6年間のサラリーマン時代を過ごしましたが、入社試験で急性腎炎が見つかり、緊急入院で治療回復した直度であったので、いつ再発するかもしれないという危機感で常に身体のことを気遣い、早寝早起きで、夜は9時就寝、朝3時起きの健康的な生活を実践していました。
毎朝3時起きを実行していたために、朝の時間でシッカリ、仕事の勉強と英語の学習に打ち込むことが出来、毎日、仕事が楽しくてたまらない、素晴らしいサラリーマン人生を送っていました。
独立してからは365日無休で、早朝から仕事をしているので、お客様の中には凄いパワーですねとか、スーパーマンのようだとか、言っていただく方もいらっしゃいます。
しかし、私は元来、そんなに体が丈夫なわけではなく、大病の連続で、幼い頃は結核を患い幼稚園にも行けず、川崎重工の入社試験も、急性腎炎で引っかかりました。
独立してからは資金繰りが厳しく、そのストレスで食道に穴が開き、大量の吐血をして入院したこともあったのですが、その時も病室にPCと携帯を持ち込み、ずっと仕事をして、1週間で退院した後も、資金繰りに駆けずり回っていました。
また、7年位前には癌が見つかり、その治療の為、大変な苦痛を味わいました。
しかし、退院して1週間もしないうちに、麺学校の経営講義をしましたので
社外の人で、私の病気を知っている人はほとんどいないと思います。
その頃の経営講義は1日でしたが、半日の講義を終えると立っていられず、お客様の昼食時間を少し長めの参考店のご案内に変えて、私は椅子を並べて横にならせてもらっていたのですが、勿論、生徒さんは誰もその事を知りません。
その頃は、朝が起きられなくなっていたので、会社へは、いつも昼前に出勤していました。
私が徹底した食事の管理と筋トレを欠かさないのは、健康の有り難味を誰よりも知っているからです。
幼い頃は別として、社会人になってから健康面でも色々な経験をしましたが、
私は決して諦めることなどありませんでした。
仕事への情熱と責任が、私を何時も突き動かすのです。
66歳になった今でも、情熱が私を支え、益々熱く燃え立たせる情熱の中には、お客様への大恩と責任があります。
日々当社のユーザー様になって戴いたお客様に対して、当社は少なくとも機械の寿命がある間、少なくとも10年、20年後までは健全な会社でなくてはならないのです。
だから、お客様に日々、製麺機を送り届けている当社は、永遠に健全な会社であり続けなければならないのです。
会社がどんなに厳しかった時でも、私が持ち堪えることが出来た大きな原因はお客様への責任の大きさであり、お客様も家族なのです。
次に社員への責任があります。
或る日、廃業1か月前の馴染のレストランへスタッフたちと一緒に行きました。
素晴らしいレストランですが、1か月後には閉店してしまうのです。
しかし、馴染のお店のスタッフたちは、1か月後の閉店をおくびにも出さずに相変わらずの素晴らしい対応で私たちを迎え、素晴らしいサービスをしてくれました。
閉店してしまうと、このような人達はどうなってしまうのだろうかと、本当に気の毒になってしまいました。
私の下で働いてくれている多くの素晴らしいスタッフたちの姿を目に浮かべると、絶対に素晴らしい会社にして、報いなければと新たな決意が生まれました。
社員も家族であり、そして、家族への愛があります。
もし、素晴らしい、支持してくれているお客様の存在がなければ、頼もしいスタッフたちがいなかったら、家族の存在がなければ、情熱も今の私もなかったことでしょう。
お客様の存在、スタッフの存在、家族の存在もすべて情熱の源泉なのです。
情熱は執念、夢、野心、意志力、志、大和魂、武士道、屈辱感、忍耐力から生まれ、維持され、それがすなわち私の人としての生き様なのです。
「健全な夢、野望が情熱の源泉」
今までの人生を振り返ってみると、独立起業してからの39年間で、順風満帆の時は、ほとんどなかったので、ビジネスは簡単には、うまくいかないものだということが、私の身に染みついています。
例えば、10の努力して、5も実れば最高で、普通は2か3、或いは、1も実らないことが多いのではないでしょうか。
熱心に働いても働いても、なかなか成果が上がらないのが、当たり前と覚悟を決めてやると、ちょっとやそっとうまくいかなくても平気になり、簡単にうまくいく方が、不思議な位だと思ってやっています。
決して、楽ではない道を35年間以上の長きにわたって、歩き続けてくることが出来たのは、私には、麺に対する情熱があったためで、もし、麺に対する情熱がなかったら、この様な仕事をこんなに長く続けることは、たぶん出来ていないでしょう。
なぜ、私は麺ビジネスに、こんなに情熱を持つことが出来たのか、自分でも不思議な位で、寝食を忘れて、麺の研究に没頭していた時期がありました。
そして、美味しい麺作りの研究を通じて、次のような、たくさんの原理原則を発見しました。
1. 小麦粉では、タンパク質よりもでんぷんの質が麺の品質を決める。
2. 昔のうどん用小麦粉は全粒粉であったので、熟成時間が短く、朝練、即打ちでも美味しいうどんを作ることが出来た。
3. 麺用の水は、軟水が一番最適。
4. 塩は海水と全く同じ成分の46億年がうどんには最適
5. うどんの場合は、ph5に合わせるのが、一番麺質を向上させる。
6. 美味しい麺(うどん、ラーメン)作りには、熟成が欠かせない。
7. 熟成には、温度と時間の相関関係がある。
8. 製麺時に、麺生地に無理な力を加えないで、麺生地の組織を破壊しない製法で、麺作りをすると、美味しくて、防腐剤不要の麺を作ることが出来る。
9. 美味しい麺ほど、同じ太さであれば、茹で時間が短かく、茹で延びは遅い。
10.うどんの場合、茹でた断面の四辺が凹んでいるのが、美味しいうどんの目印。
等々、この他にもたくさんの原理原則を見つけ出しました。
30数年にわたる麺の研究において、一番の成果は麺生地の組織を破壊しない方法で麺作りをすれば、最高に美味しくて、防腐剤とか、添加材を入れなくても長持ちし健康に良い麺作りが出来ることを見つけ出したことです。
ラーメンのスープ作りにおいても、化学調味料を一切使用しないで、あらゆる種類のラーメンのスープを作ることが出来る、デジタル・クッキングの概念を構築し、これらは、多くの人達の健康を守ることに貢献出来ると信じています。
情熱があれば、次々と、面白いアイデアが湧きあがり、情熱があれば、関連した様々なことがらに興味が湧きます。
私は、最初はうどんの美味しさの究明に取りつかれてしまい、小麦粉、水、塩、酢と、素材の研究に没頭し、次に製法の研究、次はうどんだけではなく、ラーメン、そば、更にパスタで、更にその次は、麺だけではなく、だし、つゆ、スープ、ソースです。
そして、トッピング類、盛り付けのきれいさの研究とエンドレスです。
麺の美味しさ、料理としての完成度だけではなく、お店の経営、マネッジメント、サービスレベル、店作り、更に、コンセプト、使命作りと周辺に大きく広がっていきました。
まさに、蟻地獄の穴を深く掘れば、掘るほど、周辺が大きくなってくあの原理で、蟻地獄の穴は、これからもますます、その大きさを加速していくことでしょう。
なぜ、私はこの様に麺に関連して、長い間ずっと情熱を持ち続けていることが
出来るのか私自身、不思議な位ですが、その情熱の素を挙げるとすれば、一つは、夢、野望、妄想です。
私には、大きな夢があり、世界中に美味しい日本の麺文化を広げる夢です。
美味しいだけではなく、健康に良い、安全な麺類の普及です。
それに、素晴らしい日本文化を添えて。
人間にとって、一番の幸福は、人から必要とされることです。
夢も大きければ、大きいほど、難しければ、難しいほど、そして、世の中に貢献する度合いの大きければ大きいほど、情熱の炎は強く燃え上がります。
夢があれば、前を向いて、進み続けることが出来、夢が無くなれば、全て、消えてしまいます。
大きな夢を持つことが、情熱の源泉で、更に情熱の炎を燃やし続ける燃料は、屈辱感で、大きな夢を持てば持つほど、達成できない屈辱感も大きくなります。
なかなか、思った様な成果が出ない時の屈辱感こそ、野心、夢の入り口です。
多くの人達に貢献する健全な野心、夢こそ、情熱の素であり、エネルギーで、自らの幸せは、周りの人達を幸せにするによって、初めて得られ、正しい回り道が、結局のところ、一番の近道です。
昨日は、お袋の89回目の誕生日パーテイでした。
今日も最高のパワーで、スーパー・ポジテイブなロッキーです。