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うどん学校・ラーメン学校・そば学校・パスタ学校で開業&成果アップ|「イノベーションと起業家精神(最終)」「パートナー」

昨日のシンガポールのラーメン学校の様子で、昨日はスープの残りを作り、さまざまなチャーシューを作り、最後に基本的なスープを作り、ラーメンの試食をしたのです。

本日のテーマは「世界中の食文化との融合」です。

本日は、シンガポールラーメン学校4日目で、朝から素晴らしい天気で、今回のラーメン学校も今日と明日の2日間だけで、今回はドイツからの韓国系女性の生徒さんとイランからの女性と長男の方が特に熱心なのです。

イランからの生徒さんは初めてで、今までイランの食文化に興味を持ったことがなかったのですが、今回のイランからの生徒さんのお蔭でイランの食文化にたいへん興味を持ちました。

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授業の合間にイランのさまざまな料理、食材等をネットで調べてみたり、イラン人の親子も次つぎと参考画像を見せてくれ、イラン料理は美味しいので、ぜひ、店舗を開店したら見に来るように誘われました。

イランは古くはペルシャ文化の中心地であり、歴史の古い国だけあり、食文化もバラエテイに富み、盛り付けにもたいへん気を使っていることが分かりました。

私はイラン料理を食べたことがないので、イラン人が好む味が分からないので、今晩でもシンガポールのイラン料理店に行き、イラン料理の味を見て来ようと思います。

このように、まったく日本と異なる食文化と融合することにより、麺文化に新しいイノベーションが起きるのです。

昨年からシンガポールに熱心に来始めて、シンガポールを初め、東南アジア諸国で好まれる味が分かり始めてきたのです。

麺文化が世界中に広まるにつれ、われわれはもっと世界の食文化に親しくならなければいけないのです。

特に、各国で使われている調味料、香辛料、食材等ユニークなものが多く、昨日、イランで使われている食材を聞いて、入手可能な食材はショッピングセンターに行き、買い集めてきたのです。

次回から、世界各国からの参加者に、自国の特徴的な調味料、香辛料、食材等で、ぜひ使いたいものを持参して貰う予定です。

私は国内で製麺機の販売を始めたころも、各地の味にたいへん興味を持ち、九州のうどんの食感は柔らかくて、だしは甘いことに気づいていました。

また、東京の江戸前蕎麦のつゆは辛く、蕎麦という食べものは汁が辛いものであることが分かり、土地ごとの食文化の差に非常に関心を持ってきたのです。

現在もその味の違いを追求し続けていて、北海道、東北、長野、山梨の山間部の冬の気温が下がる地方では、だしの塩度は高く、反対に九州とか沖縄等の温かい地方は、だしの塩度は高くなく、その代わり、甘味が非常に強いのです。

これは、日本だけの問題だけでなく、世界的に共通性があり、東南アジアの暑い国では、甘い味付けが好まれ、寒い国ほど塩度が高いのです。

これは気候風土が味の好みに大きな影響を与えていることが分かり、併せて、過去の文化の発展と共に料理も共通性が高く、ペルシャ文化の発祥地のイラン、イスラエル、トルコ等は食文化の共通部分が多いのです。

特にイランのようなイスラムの国は豚を絶対に食べずにアルコールを含む食材は使わないのですが、これはイスラムの国々と常に敵対しているユダヤ、すなわち、イスラエルも同じで、イスラムとユダヤは、同じルーツであることが分かります。

当社の麺学校の歴史を振り返ると、最初にうどん学校を開校し、うどん文化に関することを徹底的に学び、次にラーメンと蕎麦学校を開校し、うどん学校で取り入れた新しいノウハウをラーメン、蕎麦に取り入れ、また、ラーメン、蕎麦で培った新しいノウハウをうどんに取り入れたのです。

だから、当社の麺学校は、うどん学校、蕎麦学校、ラーメン学校と分かれているのですが、それぞれ、深い部分では有効なノウハウは共有し、内容を高め続けてきたのです。

当社には韓国にも拠点があるので、韓国の食文化にもたいへん興味を持ち、研究を続けて来て、現在では食堂で自社製のキムチを提供するほどになっているのです。

そして、今回シンガポールでラーメン学校を開始するようになり、さらに世界中の食文化に接するようになり、各国の食文化のエッセンスをラーメン、蕎麦、うどんに導入することにより、当社の麺学校が進化し、イノベーションを起こすことが出来るようになるのです。

食文化の進化は、異文化との接触で進化が加速され、中国のラーメンが日本に渡来し、日本の蕎麦文化と融合して、現在の日本のラーメンが出来上がったのです。

このように、だから、今回のシンガポールでのラーメン学校は、当社の麺学校が更に進化し続けるための新しい一歩なのです。

しかし、世界から参加した生徒さんたちに、単に日本のラーメンはこれですよと、日本のラーメンの成功を押し付けるだけでは新しいものは生まれず、同質化競争しか起きないのです。

これからも、シンガポールのラーメン学校には世界中の生徒さんが参加し、将来において、またイランからの生徒さんも参加することでしょう。

その時に、今回教えたのと同じようなことを教えたのでは、最初に学んだ生徒さんのライバルを作るだけなのです。

そのようなことのないように、われわれは常に新しい、その生徒さんに合ったことを教え続けるのです。

1. 顧客に深くフオーカスし、絶えざる奮闘精神で、価値ある奮闘を長期にわたって続ける(顧客との深いコミュニケーション)
2. 自己批判(内省、フィードバック、自己とのコミュニケーション)
3. オープンな姿勢と進取の精神(アライアンス、イノベーション)
4. 効率の追求(利益、コスト)

丁度1年前の昨年2月21日から始まった、半年間以上に及ぶ、「イノベーションと起業家精神」の学びの最終のまとめに取り組んでいきます。

◆パートナー

「自分は何が得意で何が不得意か」という問いこそ、ベンチャー・ビジネスが成功しそうになったとたんに、創業者たる起業家が直面し、徹底的に考えなければならない問題であるのですが、実は、そのはるか前から考えておくべきことであり、あるいは、ベンチャー・ビジネスを始める前に、すでに考えておくべきかもしれないことであり、第2次大戦の敗戦後という暗澹たる日本において、本田宗一郎が本田技研工業という小さなベンチャー・ビジネスを始めるにあたって行ったことで、彼は、パートナーとしてマネジメント、財務、マーケティング、販売、人事を引き受けてくれる者が現れるまでは、事業を始めず、彼自身は、エンジニアリングと製造以外は何もやらないことにしていて、この決心が、やがて本田技研を成功に導いたのです。

今から50~60年前の日本では、ホンダ技研工業は、燦然たる急成長の企業で、常にマネッジメントの話題になっていた会社であり、本田宗一郎と藤澤武夫は、優れた経営者と参謀であると、常に話題になっていて、普段、参謀役であった藤澤武夫が表舞台に立つことはなく、本田宗一郎と比べると、その存在は余り知られていないのですが、本田宗一郎も素晴らしい経営者でしたが、藤澤武夫も負けないくらい、素晴らしい人物であったことが、下記のウイキペデイアによれば、読み取れるのです。

藤澤武夫は、本田宗一郎の名参謀と言われ、本田は藤沢に実印と会社経営の全権を委ね、自らは技術者に徹し、2人の出会いは、ホンダ技研創業の1年後の1949年(昭和24年)8月、通産省(当時)技官の竹島弘の引き合わせで、本田宗一郎と出会い、ホンダの常務に就任し、東京営業所の開設を皮切りに、ホンダの財務並びに販売を一手に取り仕切るようになり、1952年(昭和27年)には専務、1964年(昭和39年)には副社長に就任し、派閥解消のための役員大部屋制や役員の子弟を入社させないといったシステムや1954年(昭和29年)に発表された本田の「マン島TTレース出場宣言」は藤沢によるものとされ、1973年(昭和48年)、社長の本田とともに副社長を退き取締役最高顧問となり、この引退は後継育成を見極めた藤沢が決断したもので、本田はその藤沢の決断を聞いた際に藤沢の意思をくみ取り、引退を決断したと言われているのです。

創業25周年を前にしての両者の現役引退は、当時最高の引退劇とも評され、1983年(昭和58年)には取締役からも退き、藤澤は、その後、東京六本木で骨董店「高会堂」を開き、趣味人として余生を過ごし、影に徹した事、また経営者でありながら風流人な一面を持つ点、その卓越した経営手腕によって経営者達のファンが多く、またMBAコース等での教材として度々取り上げられる人物であり、本田の影に隠れて、あまり広く知られていない藤沢ですが、稀代の名参謀と呼ばれ、ビジネススクールでは度々取り上げられているのですが、本人は「私は経営学など勉強した事がない、何冊か手にとって読んだことはあるが、結局、その逆をやれば良いんだと思った。」と語っていたのです。

「経営者とは、一歩先を照らし、二歩先を語り、三歩先を見つめるものだ。」との言葉も残していて、現役時代の藤沢は、本社とは別に、銀座の越後屋ビルの1室を借り、調度品にいたるまで全て黒で統一し、その部屋にこもって経営戦略を練ったと言い、また洒落者で知られ、着流し姿で出社することもしばしばあり、無類の舞台好きであり、歌舞伎はもとより、世界各国のオペラ座に着物姿で観劇し、また、常磐津が玄人並の腕前で「文王」の名も持っていて、隠居後の藤沢は「自分は引退した老骨」と語り、自分から社の経営に口を出す事はせず、政界財界人との交流もあまりなく、むしろ先代の中村勘三郎や作家の五木寛之、谷崎潤一郎などの文化芸術人との世間話を楽しむ風流人として過ごしたのですが、上記のように舞台や音楽鑑賞を趣味とした藤沢に対し、本田はゴルフなどの行動的な趣味を持っていた事から、不仲説が浮上したことがあったのですが、当人たちは、互いが当時住んでいた地名の「下落合」(本田)、「六本木」(藤沢)と呼びあうなど良好な関係で、「いつも手をつないで一緒にいるのを仲良しとは呼ばない、私達は離れていても、今この瞬間、相手が何を考え、どうするかが、手に取るように分かる。」とも語っているのです。

洒落た紳士的な雰囲気の一方で、仕事に対して厳しく部下の不手際を叱る際は容赦なく厳しい言葉を浴びせ、大きな目と半開きぎみの口から次々と大きな声で怒鳴る仕草から当時流行っていた怪獣映画になぞらえ「ゴジラ」とも陰で呼ばれ、「本田神話のシナリオを書いた男」「名参謀」などの異名を持ち、「経営はアートであり、演出の基本は意外性である」と語っていて、「ホンダの社長は、技術畑出身であるべき。」という言葉を残していて、この方針はホンダにおいて現在まで忠実に守られており、初代の本田から現職の八郷隆弘に至るまで、歴代の社長8名全員が技術畑出身であり、ホンダ技研は何度も危険な目に遭いながらも、以下のフォードのように、大きく落ち込むことがなかったのは、本田宗一郎が当初から、素晴らしい番頭役を見つけ、信頼し、マネッジメント・チームを育ててきたことが大きな要因になっているのです。

ここに、ヘンリー・フォードという、さらに昔の、さらに教えられる例があり、フォードは、1903年に事業を始めることを決心したとき、ちょうど45年後の本田と同じ決心をし、彼は、苦手なマネジメント、財務、マーケティング、販売、人事を引き受けてくれる適当なパートナーを見つけてから、ベンチャー・ビジネスを始め、フォードも、本田と同じように、自分がエンジニアリングと製造の人間であることを知っており、自らをこの2つの分野に限定し、彼が見つけたジェイムズ・カズンズは、フォードに劣らず会社の成功に貢献し、後にデトロイト市長とミシガン州選出上院議員を務め、もし、カナダ生まれでなければ、大統領にさえなれたかもしれないのです。

たとえば、1914年頃に導入した有名な1日5ドルの日給制、あるいはその先駆的な流通とアフターサービスなど、ヘンリー・フォードが考えたとされていることの多くは、カズンズが考えたものであって、むしろヘンリーが反対したものだったのですが、その後、ヘンリーは、あまりに有能なカズンズを疎んじ、1917年ついに追い出してしまったきっかけが、脱T型フォードと後継車開発というカズンズの主張であり、フォードは、まさにカズンズの辞任まで成長と繁栄を続け、カズンズの辞任の数か月後、かつては、自分が何に向いていないかを知っていたヘンリー・フォードが、トップ・マネジメントの機能をことごとく手中にしたとき、長い衰退の時代に入り、彼は、その後10年間にわたって文字どおりまったく売れなくなるまで、T型モデルにしがみつき、フォードの衰退はカズンズの辞任の30年後、恐ろしく若いヘンリー・フォード2世が事実上倒産した事業を引き継ぐまで続いたのです。

画像は、昨日のシンガポールのラーメン学校の様子で、昨日はスープの残りを作り、さまざまなチャーシューを作り、最後に基本的なスープを作り、ラーメンの試食をしたのです。

トンコツラーメンは嫌いだと言っていた、イラン人も癖のないトンコツの美味しさに驚いていたのです。

昨日は、学校が比較的早く終えたので、ジェイソンの家族全員と一緒にシーフードレストランに行ったのです。

今日も最高のパワーで、スーパー・ポジテイブなロッキーです。

うどん学校・ラーメン学校・そば学校・パスタ学校で開業&成果アップ|「イノベーションと起業家精神(最終)」「創業者はいかに貢献できるか、創業者の問題、千差万別、手を引くこともある」

ラーメンのことを余り理解していない生徒さんもいたので、スープ取りの合間のランチで、シンガポールでの繁盛店で、当社のユーザーさまでもある「三宝亭」へお客さま方をご案内し、いろんな種類のラーメンの説明をし、試食したのです。

本日のテーマは「素晴らしいイラン人たち」です。

昨日はシンガポールのラーメン学校2日目のスープ取りと、元ダレの仕込み、トッピングの仕込み等、一番遅くなる日で、学校を終えたのは日本時間の夜中の12時過ぎで、それからホテルに帰ったので、ベッドに入ったのは1時を軽く回っていたのです。

しかし、どの生徒さんも疲れも見せず、最後まで熱心に取り組み、講師たちが熱心に取り組んでいるので、それに応えようとする優しい気持ちが、こちらにまで伝わってきます。

特に驚いたのは、イラン人の母と長男で、われわれ日本人のイメージからすれば、イランは常に戦争とか、暴動のある、荒っぽい国のように思っていたのですが、この2名は、紳士と淑女で、われわれの今までイラン人に対して持っていた概念を覆すような人たちでした。

そして、さらに驚いたのは、イランは厳格なイスラムの国で、アルコールは一切禁止だと思っていたのですが、それは家庭より外に出た時だけで、家庭内ではイラン人はシッカリとアルコール類を飲んでいるそうです。

また、この母と息子は、自分たちは豚を食べるが、飲食店では提供出来ないと言っていたので、われわれが思っているイスラムのイメージをまったく覆し、イスラムの人たちもわれわれとそんなに変わらないことを教えてくれたのです。

夜遅くまで生徒さんと対応しているスタッフたちも疲れているはずなのですが、生徒さんたちが熱心で、前向きなので、スタッフたちも疲れが出ないようです。

また、参加する生徒さんが積極的であればあるほど、スタッフたちもそれに応えるようにたくさん教えてあげようという気持ちになり、モチベーションが非常に上がるのです。

ビジネス上における日本人の悪い癖のひとつが遠慮がちで、本当は聞きたいのに、遠慮して聞かないのです。

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最近も国内の麺学校の卒業生からのさまざまな情報で残念に思うことは、立地とか、レイアウトを決めた後で相談があり、その時点で相談に来られてもどうしようもないことなのです。

もし、決める前に相談に来られると、それは勧めないというようなことが多く、なぜこのような立地とか、レイアウトを決めてしまったのかというようなことが多く見受けられるのです。

麺学校を卒業した時点で、問題があるときは何でも早く連絡を貰うように依頼しているのですが、私の方に連絡が来るのが遅く、ほとんどが事後なのです。

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また、われわれは限られた時間の中で、生徒さんの問題に対応しているので、生徒さんが熱心なほど、われわれの対応も真剣になり、まさに生徒さんたちの本気度が試されていて、熱心な生徒さんの場合は、時間的な無理をしても訪問するのです。

今回の生徒さんからは熱心にさまざまな質問があり、麺ビジネスを成功させてビッグビジネスにしたいとの意思が見えるのです。

ドイツから来ている生徒さんにはドイツの事情を説明し、われわれは多くの国を体験して、画像も豊富に持っているので、生徒さんたちも安心して、多くのことを質問してくるのです。

また、英語で生徒さんたちとやり取りしていると、語彙の不足を感じ、もっとマネッジメントの講義が通訳のハンさんが居なくて、私ひとりで完璧に出来るようにならなければと思うのです。

それでも、日本の経営講義で教えている内容は、まったく違和感なく、海外からの生徒さんにも通用することが分かり、私の経営講義の内容に非常に理解を示し、特に難しい価値感の問題等も難なく理解しているのです。

従業員の採用に関する問題も、日本とほぼ同じで、日本語で教えている内容を英語に直すだけで、まったく同じように通用するのです。

海外からの生徒さんも国内の生徒さんと同じような、人の採用に関する問題を抱えていて、価値観を明確にして価値感を共有出来る従業員だけを採用しなければいけない等は、非常に良く分かるようです。

だから、日本で蓄積した13年間のラーメン学校のノウハウは、海外でも横展開出来ることが分かり、われわれが教えている内容をもっと日本人が先に真剣に学んでくれればという想いが強くなります。

また、日本では当たり前のことでも、海外の生徒さんたちは先入観念がなく、何でも疑問を持つので、われわれもゼロベースで再構築する必要があり、海外に出てくることで、イノベーションを起こすことが出来易くなるのです。

実際にスタッフたちを引き連れて海外に出ることは、たいへんなことが多いのですが、それ以上に、形に見えない多くのメリットを得ているのです。

リスクを取って先に海外に出た企業とそうでない企業の差は大きくなってくるはずで、先にリスクを取ることのメリットはたくさんあるのです。

異文化に触れることは、われわれ自身を大きく変え、イノベーションを起こすのに大きく役立つのです。

1. 顧客に深くフオーカスし、絶えざる奮闘精神で、価値ある奮闘を長期にわたって続ける(顧客との深いコミュニケーション)
2. 自己批判(内省、フィードバック、自己とのコミュニケーション)
3. オープンな姿勢と進取の精神(アライアンス、イノベーション)
4. 効率の追求(利益、コスト)

丁度1年前の昨年2月21日から始まった、半年間以上に及ぶ、「イノベーションと起業家精神」の学びの最終のまとめに取り組んでいきます。

4創業者はいかに貢献できるか

◆創業者の問題

ベンチャー・ビジネスのマネジメントに関して重要なことを1つだけあげるとすると、チームとしてのトップ・マネジメント・チームの構築であるのですが、それは創業者自身にとっては、それは事の始まりにすぎず、ベンチャー・ビジネスが発展し、成長するに伴い、創業者たる起業家の役割は変わらざるを得ず、これはたいへん難しいことではあるのですが、これを受け入れなければ、事業は窒息し、破壊されるのです。

もちろん創業者たる起業家は、これらのことについて「そのとおり」と同意するのは、事業の変化に対応せず、事業とともに自らをも挫折させてしまった他の創業者たちの悲惨な話を知っているのですが、何かをしなければならないことは知っていても、自らの役割をいかに変えたらよいかを知っている者は、ほとんどおらず、殆どの人は「何をしたいか」から考え、あるいはせいぜい「自分は何に向いているか」を考えるのですが、正しい問いは、下記の4つとその順序が大切なのです。

1.「客観的に見て、今後、事業にとって何が重要か」であり、急成長しつつあるベンチャー・ビジネスでは、創業者たる起業家は、この問いを、事業が大きく伸びたとき、さらには、製品、サービス、市場、あるいは必要とする人材が大きく変わったとき、必ず自問しなければならないのです。

2.「自分の強みは何か。事業にとって必要なことのうち自分が貢献できるもの、他に抜きんでて貢献できるものは何か」であり、この問いについて徹底的に考えたあと、はじめて次項目を質問するのです。

3.「本当は何を行いたいか。何に価値をおいているか。残りの人生とまではいかないまでも、今後、何をしたいか」

4.「それは事業にとって本当に必要か。基本的かつ不可欠な貢献か」を問うことができるのです。

第2次大戦後、大きな成功をおさめたニューヨークのペイス大学の例があり、エドワード・モートラ博士が1947年に創立したこの大学は、今日では水準の高い大学院をもつ学生数2万5000人というニューヨーク第3の大学にまで育ち、彼のイノベーションは攻撃的なものだったのですが、彼は、1950年前後という、ペイス大学がまだ小さかった頃、すでに強力なトップ・マネジメントチームをつくりあげていて、そのメンバーは、それぞれが責任を負い、リーダーシップを発揮すべき担当分野をもっていて、彼自身は総長になり、そのうえ、助言と支援を得るために、独立した強力な評議員会を設置したのです。

◆千差万別

ベンチャー・ビジネスが必要とすることや、創業者たる起業家が強みとすること、あるいはその起業家がしたいと考えていることは、まさに千差万別であり、ポラロイドカメラの発明者エドウィン・ランドは、1950年代の初め頃まで、すなわち会社創立後の12年ないし15年間、自らマネジメントにあたっていたのですが、会社が急成長を始めた後は、トップ・マネジメントのチームをつくってマネジメントを任せたのは、自分にはトップ・マネジメントの仕事は向いていないと判断したためであり、彼が貢献できるのは科学的なイノベーションだったので、彼は、自らを研究者と位置づけ、基礎研究担当の相談役になり、マネジメントはほかの者に任せたのです。

マクドナルドを構想し、創業したレイ・クロックも同じ結論に達し、彼は80歳すぎで他界するまで社長をしていたのですが、日常の業務はトップ・マネジメントに任せ、彼自身は「マーケティングの良心」の役割を果たし、他界する直前まで、毎週自分の店を2、3軒訪れ、品質や清潔度や親しみやすさを点検し、顧客を観察し、話しかけ、耳を傾け、こうしてマクドナルドは、少なくとも彼が亡くなるまでは、ファーストフード業界トップを維持するうえで必要な変革を行いつづけることができたのです。

アメリカ太平洋岸北部のある建材商社では、若い創業者が、自分の役割はマネジメントではなく、小さな町や郊外にある、200か所の営業所の所長たちの面倒を見ることであると結論し、事実上、事業を行っていたのは、彼ら営業所の所長で、彼らは、調達、品質管理、債権管理については、本社の支援を受けていたのですが、営業そのものは、本社の支援をほとんど受けずに、各地域においてセールスマン1人とトラックの運転手2人という陣容で彼ら白身が行っていたのです。

したがって、この建材商社の営業は、彼ら孤立した素朴な人たちの意欲、活力、能力、熱意にかかっていて、大卒は1人もおらず、高卒さえわずかで、この商社の創業者は、1月のうち12日から15日は、彼ら営業所長を訪ね、半日をともに過ごし、仕事や計画や目標について話し合うことを自分の仕事にして、この建材商社がほかの商社と違ったのはこれだけで、ほかはすべて同じだったのですが、創業者たるCEOの働きによって、同社は競争相手よりも3倍から4倍の速さで成長したのです。

今日、大手の半導体メーカーとして成功しているある会社は、3人の科学者によって設立され、この会社の場合、事業にとって必要なものは何かという問いに対する答えは3つあり、1つは経営戦略、1つは開発研究、もう1つは人材、とくに科学技術分野の人材育成で、3人は、それぞれについて誰が最も向いているかを明らかにし、それぞれの強みに応じて活動を分担したのですが、実際には、人材育成を引き受けたのは、イノベーションに強い科学者で、その分野では学界の大物だったのですが、彼は、自分がマネジメントや人事にかかわる仕事に向いていると考え、ほかの2人もその考えに同意して、人材育成を担当することになり、彼は「本当にやりたい仕事ではなかったのですが、それが私の最も貢献できることだった」と言っているのです。

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◆手を引くこともある

創業者がいかに貢献できるかという問いが、創業者とそのベンチャー・ビジネスの双方にとって、つねに完全に満足のいく結果をもたらすとはかぎらなく、ときには、創業者が手を引くこともあり、アメリカで最も成功している金融関連のベンチャー・ビジネスの1つにおいて、創業者の下した結論がこれで、彼は、トップ・マネジメントチームをつくり、会社が必要としているものは何かを自問し、自分自身と自分の強みについても考え、会社が必要とするものと、自分がしたいことの間はもとより、自分の能力との間にさえ、共通するものがないことを知り、やがて彼は、「1年半をかけて、後継者を育て、事業を引き継がせ、辞任したのです。」

彼はその後、金融以外の分野でベンチャー・ビジネスを3つ創業し、いずれも中堅企業に育て、そのいずれからも手を引き、新しい事業を育てることを好んだが、マネジメントは好まず、彼は、事業と別れることが、事業にとっても、自分にとっても幸せであるという事実を受け入れていたのです。

以上のように同じ状況にあっても、起業家によって達する結論は異なり、ある有名な医療機関の創業者であり、その分野では主導的な地位にある人が、同じようなジレンマに直面し、その医療機関がマネジメントと資金調達の両方ができる人を必要としていたのに対し、彼自身は研究者や臨床医であることを望んでいたのですが、自分が資金調達を得意とし、かつ大きな医療機関のCEOになる能力をもっていることを知っていて、「そこで私は、自分自身の希望を抑え、CEOとしての仕事と資金調達の仕事を引き受けることが、自分のつくったベンチャーと同僚に対する義務と考え、もちろん、自信がなかったり、理事会や相談相手が、君なら大丈夫と言ってくれなかったならば、そのような役は引き受けなかった」と、言っているのです。

本章を通して、私が一番重要に考えていることは、起業家は変わり続けることが出来なければ、起業家で居続けることも、事業家で居続けることも出来ないということで、もし、変わり続けることが嫌であれば、起業家にはなってはいけないのであり、早い段階で、誰かに譲るべきで、そしていつかはこの世を去る時が来るのですから、いずれにしてもトップ・マネッジメント・チームは早い時期から作っておくことなのです。

昨日は、ラーメンのことを余り理解していない生徒さんもいたので、スープ取りの合間のランチで、シンガポールでの繁盛店で、当社のユーザーさまでもある「三宝亭」へお客さま方をご案内し、いろんな種類のラーメンの説明をし、試食したのです。

「三宝亭」は、煮干しの香りの強い新潟ラーメン、味噌ラーメン、スパイシー味噌ラーメン、トンコツラーメン、混ぜ麺、つけ麺等、さまざまなメニューを全部見ることが出来るので、生徒さんたちを案内するのは便利なのです。

その後、教室ではスープを完成させて、多加水製麺を真打と若大将を使って行ったのですが、初めての作業ですが、生徒さんたちは喜々として行っていました。

今日も最高のパワーで、スーパー・ポジテイブなロッキーです。

うどん学校・ラーメン学校・そば学校・パスタ学校で開業&成果アップ|「イノベーションと起業家精神(最終)」「トップ・マネジメント・チームの構築、トップ・マネジメントの欠落、対策、準備が必要」

昨日から始まったシンガポールのラーメン学校の様子で、熱心な生徒さんの様子が見て取れます。

本日のテーマは「栄光は戦場の彼方に!」です。

昨日からシンガポールのラーメン学校が始まり、さまざまな国の生徒さんたちが、ラーメンビジネスの可能性を信じ、野心を持って臨んでいる生徒さんばかりで、国内のラーメン学校と比較すると、情熱の差を感じます。

学歴も高い生徒さんが多く、初めから家業ではなく、ビジネスとしてラーメンビジネスを捉え、取組みの熱心さも尋常ではなく、モチベーションが高いので、こちらのたいへん力が入り、講師たちもやりがいを感じているのです。

多分、いろんな国に帰り、独特のラーメン文化を作ってくれることと期待していて、当社のラーメン学校を卒業した生徒さんたちが、世界中で成功する日が来ることを楽しみにしていて、将来、世界中の生徒さんを訪ねて行脚したいと思っているのです。

日本のラーメン学校は開校してすでに13年経ち、ある程度の形が出来ているのですが、シンガポールの場合は、文字通り世界中からの生徒さんたちで、日本人の生徒さんは一切いないので、生徒さんからのリクエストも異なり、生徒さんたちへの対応も異なるのです。

そのような生徒さんたちを相手にしているので、われわれも大きな刺激になり、今までの安心領域から離れなければいけないのです。

しかし、このような海外ビジネスも、40年前に私が企業したころの国内ビジネスと同じような状態です。

40年前は、大手企業でエンジニアしか経験したことのなかった私が、ビジネスの世界に飛び込み、そのころ経験したことは、まさに当社が現在海外ビジネスで経験しているようなことなのです。

しかし、現在は、海外にいても、国内同様に携帯電話も通じるので、まるで国内にいるのとまったく変わらず、言葉さえ問題なければ、国内と海外の差はまったくないと言っても過言ではないのです。

本日も、さまざまな日本のラーメンを理解していない生徒さんたちを連れて、
日本のラーメンを理解するために、シンガポールのお客さまの店を訪問すると、たいへんな繁盛ぶりで、食事のお客さまが一杯でラーメンを美味しそうに食べているのは、アジア系の人種だけではなく、多くの白人も楽しんでいて、日本のラーメンがすでに日本の食文化から世界の食文化になっていることが分かります。

お客さまの店でラーメンを食べ終えて帰ろうとすると、使用中の当社の機械に少し問題があるとのことで、現地のエージェントのジェイソンが見ていたので、私もチェックすると、打ち粉を行なう部分の電子コントローラーが故障していることが分かり、部品を日本から手配せざるを得なくなり、緊急に日本から部品を持って来れるスタッフを探したのですが、今回はすぐに動ける人がいなくて、最短の便で送って貰い、26日に交換するようにしたのです。

国内の場合と一番異なるのがメンテナンスで、今回は現地に置いていない部品が故障したので、日本から送らざるを得なかったのです。

その間、お客さまには不便で申し訳ないのですが、製麺段階での打ち粉を手で行なって貰うように依頼したのです。

製麺に影響する部分のトラブルではなかったので、製麺することはまったく問題なく出来るのです。

今後、海外展開する場合のわれわれに問われているのは、国内と変わらないようなメンテナンス体制で、ますますラーメン文化が世界に広まるに合わせて、われわれの製品も世界で活躍するようになるので、メンテナンスの世界展開が問われているのです。

当社が、国内で年中無休365日のメンテナンスを開始してからすでに20年余りが経過しますが、同じことをもっと難しい海外でやらなくてはならなくなってきているのです。

国内でも、365日のメンテナンスを完ぺきに行なおうとすると、国内は人手の点でたいへんなのですが、海外も同じで、まず人の確保が重要なのです。

われわれのような小さいメーカーが、海外へ出るのは非常に勇ましく見えるのですが、その裏では目に見えないたくさんのたいへんな問題を解決し続けないと成功しないのです。

国内でも、当社がシェアトップになるためには、同じように365日年中無休のメンテナンス体制を組んだのですが、実際に出来るまでには、口では言えない、たいへんなことの連続であったのです。

現在も、国内から海外に進出するラーメンの企業が跡を絶たないのですが、その裏では、われわれに分からないたいへんな苦労の連続があるのです。

われわれは他人の成功はたいへん羨ましく見えるのですが、成功が大きければ大きいほど、その裏での苦労、努力はたいへんなものがあるのです。

本日お伺いした、日本からシンガポールに2店出店し、たいへんな繁盛店になっているお客さまの繁盛の裏では、われわれには見えない苦労と努力があるのです。

まさに、「栄光は戦場の彼方に!」で、栄光にたどり着くには、その前に控えている戦場のような修羅場を乗り越える必要があるのです。

われわれのビジネスは未だに、常に戦場が続いていて、安穏と出来るような日々は来ないのです。

このことはまさに、当社の価値感の通りで、本日も当社の価値感を掲げ続けます。

1. 顧客に深くフオーカスし、絶えざる奮闘精神で、価値ある奮闘を長期にわたって続ける(顧客との深いコミュニケーション)
2. 自己批判(内省、フィードバック、自己とのコミュニケーション)
3. オープンな姿勢と進取の精神(アライアンス、イノベーション)
4. 効率の追求(利益、コスト)

丁度1年前の昨年2月21日から始まった、半年間以上に及ぶ、「イノベーションと起業家精神」の学びの最終のまとめに取り組んでいきます。

3トップ・マネジメント・チームの構築

市場において、しかるべき地位を確立し、しかるべき資金構造と財務システムを確立するにもかかわらず、数年後、深刻な危機に陥ることがあり、まさに確立した事業体として成功し、成人したかに思われたそのときに、理解できない苦境に立ち、製品は一流、見通しも明るいのですが、事業は成長しないで、収益や財務体質などの重要な分野で成果があがらないことがあり、ほとんどの経営者は、この原因が分からずに、下記のマネッジメント・チームの構築以外のところに原因を求めるのですが、私もドラッカー・マネッジメントを学ぶ前は、トップ・マネッジメント・チーム結成の必要性等は、考えたこともなかったのです。

◆トップ・マネジメントの欠落

原因はつねに同じであり、トップ・マネジメントの欠落であり、企業の成長が、少人数でマネジメントできる限界を超えてしまった結果であり、今や、トップ・マネジメントのチームが必要であるのですが、実際には、そのときすでに、適切なトップ・マネジメントチームがなければ、手遅れであり、生き延びることで精一杯となり、たとえ生き延びたとしても、不治の機能障害に陥るか、少なくとも数年は出血がとまらず、志気は衰え、従業員は幻滅し、熱気は失われ、事業をつくり、築き上げた創業者は追い出され、辛い思いをするのです。

◆対策

対策は簡単であり、トップ・マネジメントチームが必要となる前に、前もって構築しておくことであり、チームは一夜ではできず、機能するようになるには時間がかかり、チームは相互信頼と相互理解でできるのですが、そのためには数年を要し、私の経験では3年以上かかるのですが、成長しつつある小さなベンチャー・ビジネスがトップ・マネジメントチームをもつ余裕はなく、立派な肩書と、相応の報酬を伴う人たちを6人も抱えることはできず、ベンチャー・ビジネスは、ごくわずかの人間で、出てくる問題を処理していかなければならないのです。

それでは、いかにして、この円を四角にするかの対策は、かなり簡単であり、ただしそのためには、創業者自身が、いつまでも自らマネジメントするのではなく、やがてはトップ・マネジメントチームに引き継がせるという意思をもたなければならず、もし、トップの1人ないし2人が、あらゆることを自ら行いつづけるつもりでいたならば、数か月あるいは遅くとも数年後には、経営危機が不可避となるのです。

市場や人口などの客観的な指標によって、3年から5年後に倍の規模に成長することが明らかになったならば、やがて間もなく必要となるトップ・マネジメントチームの構築が急務となり、これは、いわば予防策であり、トップ・マネッジメント・チームの具体的な構築方法は下記の通りです。

1.まず初めに、創業者自身が、事業にとって、とくに重要な活動について、主な人たちと相談しなければならないのです。

2.存続と成功がかかっている活動は何か、何が重要な活動かについては、あまり異論はないはずであり、もし意見の違いや対立があるならば真剣に検討しなければならないのです。

3.重要な活動としてあげられたものは、すべて検討の対象としなければならず、重要な活動といって、本のなかから探すことはできず、実際の事業の分析から見出すべきものであり、同じ種類の事業に見えても、重要な活動として位置づけられるものが、まったく異なることがあり、生産活動かもしれないし、顧客サービスかもしれないのです。

4.あらゆる組織に共通する重要な活動は2つしかなく、人の管理と資金の管理であり、それ以外の活動は、事業や仕事、価値観や目標を内部から見ている人たちが決めなければならないのです。

5.次に、創業者をはじめとする主な人たちの1人1人が、「自分が得意とするものは何か。ほかの大たちが得意とするものは何か」を考えなければならず、このときも、それぞれが得意とするものについては、考えが一致するはずであり、一致しない点については、すべて検討の対象として取り上げなければならないのです。

6.次に「それぞれの強みに応じて、いずれの活動を担当すべきか、誰がどの活動に適しているか」を考えなければならず、こうしてようやく、トップ・マネジメントチームが構築されるのです。

7.創業者といえども、人事が自分に適した活動でなければ、手を出さないよう自制しなければならないのであり、強みは新製品や新技術にあるかもしれないのです。

8.あるいは、日常業務、製造、物流、アフターサービスにあるかもしれない、財務かもしれない、人事は他人に任せたほうがよいかもしれない、重要な仕事はすべて、実績によって能力が証明されている人が担当しなければならないのであり、CEOは何を担当すべきであるというルールはないのです。

9.もちろんCEOは、最高の意思決定機関であって、最終責任を負うので、この最終責任を果たすうえで必要な情報は、必ず入るようにしておかなければならないのですが、CEO自身の仕事は、企業が何を必要とし、彼自身がいかなる人間であるかによって決まり、仕事が何であれ、企業にとって重要な活動を担当するのであれば、立派なCEOであるのです。

10.だが、ほかの重要な活動のすべてが、誰かによって担当されるようにはしなければならないのです。

11.最後に、重要な活動のすべてについて、目的と目標を定めなければならず、製品開発、人事、資金のいずれにせよ、重要な活動に責任を負うことになったすべての人に対し、「何を期待できるか。何に責任を負ってもらえるか。何をいつまでに実現するつもりか」を問わなければならず、これはマネジメントの初歩にすぎないのです。

以上のような手順で、スタートしてみて、トップ・マネッジメント・チームの問題点を解決しながら、チームのレベルを永遠に上げ続けていくことが大切であるのです。

◆準備が必要

当初は、このトップ・マネジメントチームを、非公式のものとしなければならず、成長しつつあるベンチャー・ビジネスでは、肩書を与えることも、公表することも、上乗せの報酬を払うことも必要なく、新しい陣容が機能し、その様子が明らかになるまで、1年ほど待つべきであり、その間、チーム全員が、それぞれの仕事、協力の仕方、互いの仕事をしやすくするために行わなければならないことなど、多くのことを学ぶ必要があるのです。

こうして2、3年後、いよいよトップ・マネジメントチームが必要になったとき、まさにそれは存在していることになり、しかも、もしそのようになっていないようであれば、そのはるか前に、マネジメントの能力そのものが失われてしまっているにちがいなく、創業者は仕事の負荷に耐えられなくなり、重要な仕事は行われなくなっているのですが、そのような状態に陥る原因として、考えられるケースは2つあり、1つは、創業者自身が能力と関心をもつ1つか2つの活動に没頭したままでいるケースであり、たしかに、それらの活動は重要であるのですが、それだけが重要というわけではなく、それら以外の活動は、見る人もないまま放っておかれていて、2年後には、事業は苦境に陥るのです。

もう一つの悪いケースは、創業者が良心的すぎる場合であり、人と資金が重要であること、それらをマネジメントしなければならないことを知っていて、そこで彼は、自分の能力と関心が新製品の設計と開発にあるにもかかわらず、人と資金を自らマネジメントしようとするのですが、才能がないために、いずれもうまくいかなく、意思決定や行動に時間がかかり、そのため時間がなくなり、自分が得意とする肝心の新製品や新技術の開発がなおざりになり、3年後には、必要な製品もなく、人や資金のマネジメントもない抜け殼となるのです。

前者のケースであれば、企業を救うことは不可能ではなく、つまるところ製品はあり、創業者がトップの座を再建のために乗り込んできた人に取って代わられるだけであるのですが、後者のケースでは、事業は再建することさえできないので、事業は身売りされるか清算されることになり、したがってベンチャー・ビジネスは、トップ・マネジメントチームを必要とするはるか前に、ワンマンによるマネジメントが機能せず、失敗するはるか前に、構築しておかなければならないのです。

そのワンマン自身が、同僚と協力すること、人を信頼すること、さらには、人に責任をもたせることを学ばなければならないので、創業者は、付き人をもつスターではなく、チームのリーダーになることを学ばなければならないのですが、ベンチャー・ビジネスがスタートアップして順調に推移している間は、上記のように、トップ・マネッジメント・チームの必要性をほとんどの創業者は知らない間に、苦境に陥るのです。

画像は、昨日から始まったシンガポールのラーメン学校の様子で、熱心な生徒さんの様子が見て取れます。

シンガポールのラーメン学校は、今始まったところですが、これから進化を続け、いつの日か、シンガポールのラーメン学校が日本のラーメン学校のように、なっているのです。

今日も最高のパワーで、スーパー・ポジテイブなロッキーです。

うどん学校・ラーメン学校・そば学校・パスタ学校で開業&成果アップ|「イノベーションと起業家精神(最終)」「資金構造を超えた成長、フランチャイズ成功の原則、死活問題、突然の不能」

昨日羽田空港国際線で見た、つるとんたんを初め、面白いメニュー、提案を取り上げました。

本日のテーマは「守・破・離」です。

昨日は日本時間の午後6時、現地時間の午後5時にチャンギ空港に到着したのですが、外気温は31度Cでまさに真夏の気候でした。

今回の生徒さんは5名ですが、ドイツ、イラン、モーリシャス、ニユージーランドと世界中からの参加で、どの生徒さんも同じように無添加、無化調を求めているのです。

日本のラーメン学校に参加する生徒さん以上に、無添加、無化調へのこだわりが強いことが分かり、当社の麺学校は開校以来ずっと、無添加、無化調でやっているので、生徒さんたちも安心して参加しているのです。

そして、生徒さんの出身国は、韓国、イラン、中国系の人たちで、シンガポールへ世界中から参加する生徒さんたちの出身国をみると、中華系の人たちが一番多いのです。

ラーメンはもともと、中国の民族食ですが、このように日本人がやっているラーメン学校に中華系の人たちが参加することがおかしいのですが、日本のラーメンは元もと中国から渡って来たラーメンを日本人が単なる真似ただけではなく、イノベーションを起して創り出した食べものなのです。

日本での茶道、武道、芸術等をマスターする手法であり、左記の文化が発展、進化してきた創造的な過程のベースとなっている思想でもある守破離がありますが、守破離の守はModeling、破はModify、離はInnovationを意味し、3つの段階を経て、単なるコピーで終わらずに、最終的にイノベーションを起したのがiphoneで、イノベーションを起こすのに成功したので、世界の人たちのライフスタイルを変えることが出来たのです。

まさに日本のラーメンは食の世界のiphoneのような存在であり、日本の誇れる新しい食文化であるのです。

ラーメンの世界はその土地の気候風土、食習慣に合せて、ますます進化を続けているので、こんなに世界中の人たちに好まれていて、これはすしの世界でもまったく同じで、日本の伝統的なすしはこれだからこれ以外は、やってはいけないと言っていると、こんなに世界中に広まることはなかったのです。

守破離の離、即ち、何ごとにおいてもイノベーションを起し続けることは欠かせず、どんなビジネスにおいても、変わり続けていくことは避けることが出来ないのです。

だから、安心領域(コンフォート・ゾーン)に居続けていたいのであれば、いつの間にか安心領域ではなくなり、これは最近のうどん蕎麦業界とラーメン業界の違いを見ていると非常に良く分かるのです。

ラーメン業界は、国内でも変化を起こし続けている人たちが非常に多いのですが、うどん蕎麦業界は、丸亀製麺の登場以来、大きな変化が見られないのが残念ですが、これからはうどん蕎麦とラーメン、パスタ業界の垣根が小さくなってくることが想定されます。

昨日も羽田空港の国際線で見たつるとんたんのメニューはまさにイタリアンのパスタと変わらないスープになっています。

そして、盛り付けも今までのうどんの概念を超えた盛り付けで、非常にきれいな盛り付けで、過去のうどん業界の常識を破ろうとしている意識が明確に分かります。

ラーメンの場合も、最初は中国から渡ってきたラーメンのままであり、昔ながらの中華そばがどちらか言えば、原型に近いラーメンですが、博多トンコツ、札幌ラーメン、和歌山ラーメン等、地方ごとに、たくさんの特徴あるご当地ラーメンが登場し、次にはラーメン業界で博多一風堂を初め、今までにない特徴のあるラーメンを創作する人たちが登場し、ラーメン業界の常識を作り変え続けてきたのです。

以上のように、バラエテイ溢れるラーメンが日本中に溢れたのですが、次に登場したのはつけ麺で、濃厚魚介のつけ麺が日本中に広まったのです。

これまでのラーメンはスープが付いているのが当たり前で、スープを取るのに時間を取り、スープ作りがラーメン店内での作業のうち大きな比重を占めていたのですが、最近ヒットしている混ぜ麺の場合は、スープ取りの作業が要らないので、作業が非常に楽なのです。

このように、ラーメンの場合は次つぎと、過去にないイノベーションを起しているのです。

うどんの場合も、過去はこのような大きな変化を起こして、市場が拡大してきたのですが、最近は、うどん業界にイノベーションを起こす人たちが非常に少なくなってしまったのです。

うどんもラーメンと同じように、かけうどんだけだったのですが、高松にある老舗の川福の創業者が約60年前にざるうどんを発明し、その後、釜揚げうどんが出来、さらにその後、生醤油うどんとか、ぶっかけうどんが出来、新しいうどんメニューが出来る度に、日本のうどんの代表であるさぬきうどん市場が拡大を続けたのです。

だから、当社のうどん学校、蕎麦学校、ラーメン学校では今までに誰も見たことのないような斬新なメニュー提案を続けているのです。

ところが、ほとんどの生徒さんは、イノベーションの大切さを理解していないので、誰も真似をしようとしないで、既存のヒットしているメニューの真似で終わってしまっているのです。

本日は、ラーメン学校がスタートしていますが、世界中から来ているので、生徒さんたちのリクエストも非常にバラエテイがあるのです。

イランから参加の生徒さんは、アルコールを含んでいる味醂等も一切使わず、豚も使わない製法を教えて欲しいとか、ニュージーランドは牛肉が安いので、牛肉のスープのラーメンを教えて欲しいとか、ドイツから参加の生徒さんは、完全なベジ・ラーメンが希望なのです。

本日も当社の価値感を掲げ続けます。

1. 顧客に深くフオーカスし、絶えざる奮闘精神で、価値ある奮闘を長期にわたって続ける(顧客との深いコミュニケーション)
2. 自己批判(内省、フィードバック、自己とのコミュニケーション)
3. オープンな姿勢と進取の精神(アライアンス、イノベーション)
4. 効率の追求(利益、コスト)

丁度1年前の昨年2月21日から始まった、半年間以上に及ぶ、「イノベーションと起業家精神」の学びの最終のまとめに取り組んでいきます。

◆資金構造を超えた成長

ベンチャー・ビジネスは、キャッシュフローの分析と予測と管理を必要とし、ここ数年、(ハイテク企業を例外として)アメリカのベンチャー・ビジネスの経営状態がよくなっているのは、新しい起業家たちが、起業家精神には財務上のマネジメントが不可欠であることをようやく理解するようになったためであり、財務のマネジメントは、キャッシュフローの予測によって容易に行うことができるのですが、ここでいう予測とは、希望的観測ではなく、最悪のケースを想定した予測であり、キャッシュフローの予測と計画については、昔から、「債務は思ったよりも2か月早く決済しなければならず、債権は2か月遅く決済される」という経験則があるので、ベンチャー・ビジネスにとっては慎重すぎるということはなく、たとえ慎重すぎたとしても、資金が一時的に余るだけの話であるのです。

つねに1年先を見て、どれだけの資金がいつ頃、何のために必要になるかを知らなければならず、1年の余裕があれば、資金の手当てはほとんど可能であるのですが、切迫した状況のもとで資金を調達することは、事業がうまくいっている場合でも困難であり、法外なコストがかかり、重要な時期に、最も重要な人材に寄り道をさせることになり、数か月間にわたって金融機関をまわり、財務の見通しの練り直しに時間とエネルギーを使わされ、挙げ句は、わずか3か月の資金繰りのために、事業そのものを抵当に入れざるを得なくなり、再び時間と頭脳を事業に集中できるようになった頃には、取り返しのつかない大きな機会を逃しているのは、ベンチャー・ビジネスの本質からして、機会が最も大きくなるとき、資金繰りは最も苦しいからであるのです。

成功しているベンチャー・ビジネスは、自らの資金構造を超えて成長し、これまた経験則によれば、新しい事業は、売り上げを40パーセントから50パーセント伸ばすごとに、それまでの資金的基盤では開に合わなくなり、資金構造も変えなければならなくなり、ベンチャー・ビジネスは、成長するに伴い、オーナー自身や家族、あるいは友人という私的な資金源では問に合わなくなり、株式の公開、既存企業との提携、保険会社や年金基金からの資金調達など、大きな資金源をもたなければならなくなり、増資によって資金を調達してきたのであれば、長期の借入を行わなければならなくなり、その逆もあり、成長によって、それまでの資金構造は陳腐化し、障害とさえなり、事業経営には、資金は欠かせず、幾ら赤字であっても資金さえ続けば、事業はやっていけるのですが、資金が途絶えた途端に事業は駄目になるのです。

そして、資金について、現在の時代に余計に難しくなっているのは、ほとんどの資金の動きは目に見えず、コンピュータ・システムで処理されていて、われわれの目には見えないので、会社の資金だけでもなく、家庭のお金も同じで、ほとんどのお金は、ITにより処理されて、ますます見えなくなっているので、この点からも余計に現金の管理は大切なのです。

◆フランチャイズ成功の原則

もちろん、資金計画が比較的容易なベンチャー・ビジネスもあり、レストラン・チェーン、病院チェーン、専門店チェーン、住宅建設業など、各地で類似の事業を展開しているベンチャー・ビジネスでは、各事業単位がそれぞれ独自に資金繰りをすることができ、フランチャイズ制をとったり、あるいは、地元の人たちに有限責任のパートナーとして参加してもらうことができ、このようにすれば、成長と拡大に必要な資金を段階的に調達していくことができ、1つひとつの事業が成功すれば、それが次の事業に対する投資家への保証と誘因になっていくのですが、この方法が機能するためには、以下の3つの原則があるのです。

1.事業単位のそれぞれをできるだけ早く、遅くとも2、3年以内に採算に乗せなければならない。

2.素人のフランチャイジーや外科センターの所長など、マネジメント能力のあまりない人たちでも、本部からの指示なしに無事にマネジメントできるよう、事業内容を定型化しておかなければならない。

3.事業単位のそれぞれが、かなり早い時期に、追加資金を必要としなくなり、むしろ次の事業単位を資金的に助けられるようにならなければならない。

以上のようなマネッジメント・レベルを上げ続けるのは、大きな課題であり、財務のプロは必ず必要なのです。

◆死活問題

このような独立した事業単位として資金を調達することのできないベンチャー・ビジネスにとって、資金計画はまさに死活問題であるのですが、そのようなベンチャー・ビジネスであっても、つねに3年先を見越し、最大の必要資金量を想定して計画しておくならば、必要な資金を、必要なときに、必要な方法で調達することができるのですが、資金源や資金構造を超えて成長してしまったあとでは、自らの独立はもちろん、その生命まで危険にさらすことになり、うまくいっても、創業者は、あらゆる起業家的なリスクをおかして、懸命に働いた挙げ句、他の豊かな者をオーナーにしただけとなり、自らは雇われの身となり、新しくやってきた投資家がオーナーとなり、事実、以上のことは、成長したために起きる、不幸な出来事なのです。

◆突然の不能

ベンチャー・ビジネスは、成長のマネジメントに必要な財務システムを確立しておかなければならず、素晴らしい製品をもち、市場において素晴らしい地位を占め、素晴らしい成長の可能性をもつベンチャー・ビジネスが、次から次へと登場してくるのですが、その多くが、突然、マネジメント不能となり、未収金、在庫、製造コスト、管理コスト、アフターサービス、流通、そのほかあらゆるものをマネジメントできなくなり、1つをコントロールできなくなると、あらゆることをコントロールできなくなり、それまでのシステムを超えて成長してしまったためであり、しかも、ようやく新しいシステムができた頃には、市場は失われ、顧客は、反感とまではいかなくとも不信を抱くようになっていて、流通業者は信頼しなくなり、当然であるのですが、最悪なことに、従業員がマネジメントを信用しなくなっているのです。

急激な成長は、つねに既存のコントロール・システムを陳腐化し、ここでも、成長率にして40パーセットから50パ-セントが、1つの段階として重要な意味をもち、1度コントロールの能力を失うと、取り戻すことは難しいのですが、予防することはかなり容易であり、自社にとって最も重要なこと、たとえば、アフターサービス、未収金や在庫、製造コストについては、財務の観点から検討しておかなければならず、最重要項目が4つないし5つを超えることはほとんどないのです。

これに加えて、マネジメント関連のコストについても気をつけておかなければならず、マネジメット・コストの増大は、マネジメントの人間の雇い過ぎを意味し、マネジメントの構造と仕事の仕方が、事業の変化に追いつけなくなり、コントロールできなくなったことを示し、マネッジメントの人間の雇い過ぎと、マネッジメントの不足はどちらもいけないのですが、バランスを取ることが大切なのです。

それよりも、今の日本で、最も難しくてたいへんなのは、マネッジメントを理解出来る人たちを採用したり、育成したりすることで、プロのマネッジメントを創れるような人材の確保と育成であり、ベンチャー・ビジネスが成長していくためには、それらの最重要項目について、つねに3年先を見越し、コントロールのシステムを確立しておかなければならず、細部にわたるシステムは必要ないし、数字も大雑把でよく、重要なことは、それらのことを意識し、注意し、必要に応じて迅速に対応できるようにしておくことであり、最重要項目に注意さえしていれば、通常、混乱は生じないのです。

3年先を見通しておくことの大切さはその通りで、ほとんどの企業が3年先を、既に起きている未来として理解出来ていないのが問題で、財務上の見通しには、さほど時間はかからないのですが、つねに検討しておかなければならず、そのための技術的な手法は簡単に手に入り、会計の教科書に説明してあるとおりであるのですが、自ら行わなければならないのです。

画像は、昨日羽田空港国際線で見た、つるとんたんを初め、面白いメニュー、提案を取り上げました。

世界中からのさまざまな生徒さんに接すると、さまざまな要求があり、要求に応えることにより、われわれのノウハウは広がり続けるのです。

今日も最高のパワーで、スーパー・ポジテイブなロッキーです。

うどん学校・ラーメン学校・そば学校・パスタ学校で開業&成果アップ|「イノベーションと起業家精神(最終)」「マーケティングの基本、財務上の見通し、ベンチャー・ビジネスの挫折」

昨日の生徒さんの手直しした作品事例です。既にどこのラーメン店でもあるような盛り付けは一切、教えないのです。

本日のテーマは「新しい試み」です。

昨日は無事に東京支店のラーメン学校が終了し、生徒さんたちの表情が、1週間前の入学時とはまったく異なり、明るく積極的に変わっていたのです。

今回は、最初から生徒さんの様子が積極的でないことが分かっていたので、注意して臨んでいて、松原先生を初め、インストラクターの人たちが生徒さんたちと積極的に取り組んだ成果が表れ、生徒さんたちもたいへん満足げに巣立っていったのです。

今朝のシンガポール便は、10時55分羽田発で、国際線の新しくなった部分を見て回ったのですが、カフェとかレストラン、物販店の新しい店舗がたくさん出店し、新しいコンセプトで、つい買ってみたくなるような店舗が並んでいます。

昔からある餅も搗き立ての柔らかい状態で、黄な粉をまぶしたものと、抹茶をまぶしたものの2通りあり、それぞれに美味しそうな粒あんがセットされ、さらに甘い抹茶がセットされたものもあり、柔らかい搗き立ての餅なので、つい食べたくなって注文したくなるのです。

次に感心したのは、日本橋コレドに出店している和だしの店が出店し、さまざまなだしで作った食品を提案しているのですが、こんなものまで出来るのかと言えるような商品までだしを使って作っているのです。

一番感心したのは、だしのタルトで、その他にもだしで炊いた炊き込みご飯、さまざまな惣菜、和だしと洋風のスープをアレンジしたさまざまなスープ類とお客さまを楽しませるような商品がたくさん並んでいるのです。

その他には、和のカフェ、モスカフェ、吉野家等がさまざまな朝食メニューを出したり、つるとんたんも試してみたくなるような新作のうどんメニューをたくさん準備していたのです。

グリーン色のケールスープのうどん、豆乳の冷やし餡かけのおうどん、トリュフの香り、春キャベツクリームのおうどん等、いつもつるとんたんのメニューには注意しているのですが、私の知らない新しいメニューが幾つかあり、新しいメニューへのチャレンジには感心します。

最近の新しい施設には、過去にないような新しいチャレンジ、イノベーションが多く見受けられ、時代が大きく変わり続けているような気がします。

日本橋の老舗のだし屋さんも思い切り、新しいチャレンジを始めているし、過去、ほとんど変化がなかったような歴史のある老舗企業が大きく変わり始めていることが分かります。

国内市場が縮小の一途にあり、これからの生き残りをかけて、老舗の大手企業も新しいチャレンジを必死になって行っていることが分かります。

都内でも、次つぎと新しい施設が出来ているので、このような新しいトレンドを見たり、新しい取組みを見るのは、簡単に出来、各社の新しい取組みから大きな時代の変化を知ることが出来るのです。

各社の新しい取組みを見ると、時代の大きな方向性を知ることが出来、今回も各店舗が朝食メニューに力を入れていることが分かります。

日本は、ますます1人世帯が増え、1人世帯が増えるほど、料理をする人が減るので、外食比率が高くなり、朝食メニューも売れているのは、全国的な傾向で、香川県であれば、うどん店が朝食メニューを出したり、北海道であれば、ラーメン店が朝食メニューが提供しているのです。

特に、都会ほど、1人世帯が多く、外食ニーズは高くなることが想定されるのですが、内食の代わりの外食なので、ハレの食事ではなく、普段の食事になるのです。

そして、これからの日本の労働状態を考慮すると、女性の社会進出がもっと増えなければならず、自ずと外食、中食のマーケットは拡大を続けなければいけないのですが、日本の場合は、コンビニを初め、ホカホカ弁当等に外食
と内食が侵食され続けているのです。

業界の変化を見るのは、新しいショッピングモールとか、新しい商業施設を見れば、さまざまな新しい取組みを行なっている店舗、企業を見ることが出来、われわれの周りには、たくさんの事例があるので、外に出て見て回ればいくらでも簡単に時代の変化を知ることが出来るのです。

たまたま、今回はシンガポールへ向かっている道中での出来事であったのですが、わざわざ、国際線ターミナルに来ても、来るだけの価値のある店舗がたくさんあるのです。

昨日は、今月の東京ラーメン学校の最終日で、生徒さんの作品チェックと私の作品試作の日でもあり、さまざまな用事が一緒に入っていたので、試作は思い切り出来なかったのですが、それでも、ベジラーメンの大きなヒントを得ることが出来たのです。

昨日はラーメン学校の卒業生で、上海でラーメン店を年内に開店予定の生徒さんが尋ねてきて、上海ではトンコツの骨の価格がkg当り、日本円で700円もするので、ほとんどの有名なラーメン店も骨を炊かずに、業務用のスープを使っているので、日本国内の味と比較すると、比較にならない味だと言っていたのです。

その生徒さんも骨の価格に悩んでいたので、濃厚な野菜スープで提供するように伝え、美味しい野菜系スープのレシピの約束をしたのです。

濃厚な博多トンコツ以上のスープを野菜だけで作ることにチャレンジし、ラーメン学校の新しいレシピとしていきたいと思っています。

このように、われわれは世界中のホットな情報に基づき、生徒さんたちに最新のノウハウを提供しているので、常に、新しい情報に接することは大切なのです。

本日も当社の価値感を掲げ続けます。

1. 顧客に深くフオーカスし、絶えざる奮闘精神で、価値ある奮闘を長期にわたって続ける(顧客との深いコミュニケーション)
2. 自己批判(内省、フィードバック、自己とのコミュニケーション)
3. オープンな姿勢と進取の精神(アライアンス、イノベーション)
4. 効率の追求(利益、コスト)

丁度1年前の昨年2月21日から始まった、半年間以上に及ぶ、「イノベーションと起業家精神」の学びの最終のまとめに取り組んでいきます。

◆マーケティングの基本

ベンチャー・ビジネスを市場志向のものにすることは、とくに難しいことではないのですが、そのために必要とされることは、起業家の性向に反し、予期せぬ成功や失敗など、予斯せぬものを体系的に探さなければならず、予期せぬものを例外として片づけず、機会として調べなければならないのです。

第2次大戦の直後、インドのある小さなエンジニアリング会社が、ヨーロッパから原動機付き自転車のライセンスを買ったのは、インドにはうってつけの製品に見えたのですが、あまり売れず、その会社のオーナーは原動機のみの注文がかなりあることに気づいたのですが、初め、彼はあのように小さな原動機で何ができるというのか、無視しようとしたのです。

だが彼は、ともかくたくさん注文のきていた地方へ行ってみると、農民たちが、それまで人力で行っていた灌漑を、自転車から外した原動機で行っているのを見て、このエンジニアリング会社は、今日では灌漑用小型ポンプの世界最大のメーカーとして、年間数百万台を販売していて、この会社のポンプが東南アジア全体に農業革命をもたらしているのです。

市場志向であるためには実験が必要で、当初、考えてもいなかった顧客や市場が、自らの製品やサービスに多少なりとも関心があるとわかったら、その製品やサービスを実際に使ってくれる人を探さなければならず、なじみのない人たちに無料のサンプルを提供し、彼らがそれをいかに使うかを調べなければならず、さらには、彼らを顧客にするには製品やサービスをいかに変えるべきかを調べなければならず、何らかの関心が示されたならば、直ちに関連する専門紙に広告を載せ、協力してくれる人たちを探さなければならないのです。

以上のことをいつも徹底的に行ない、今までにない商品をベスト・セラーにしているのが大塚製薬で、オロナミンC、ポカリスエット、ソイジョイ等の発売時にサンプルを徹底的に配り、ベスト・セラーを作り続け、少ない商品数ですが、すべてベスト・セラーで、ロング・セラーであり、たいへん効率の良い、理想的な経営を行なっていて、それらの商品は、ボンカレーのようなレトルト商品であったり、オロナミンCのような栄養ドリンクであったり、ポカリスエットのようなスポーツ・ドリンクであったり、ソイジョイのような健康補助食品であったりとバラエテイに富んでいるのですが、すべて、大塚製薬という、製薬会社の持つイメージに助けられて、素晴らしい相乗効果を果たしている、凄い戦略で組み立てられているのです。

当初、デュポンは、ナイロンが自動車タイヤに利用できるとは考えていなかったのですが、オハイオ州アクロンのタイヤ・メーカーが関心を示したことをきっかけとして、タイヤ生産用のナイロン工場を建て、数年後には、デュポンのナイロンにとって、タイヤは最も利益のあがる市場となったのです。

予期せぬ市場からの予期せぬ関心が本当の可能性を示すものか、単なる好奇心にすぎないかを見分けるには、さしてコストはかからず、若干の感受性と体系的な作業が必要なだけであり、ベンチャー・ビジネスのマネジメントは以下のことを体系的に実施しなければいけないのです。

1.外へ出ていかなければならないのであり、市場に出て、顧客や自社のセールスマンと時間を過ごし、見たり聞いたりしなければならないのです。

2.製品やサービスの意味を決めるのは、顧客であって生産者ではないことを、つねに思い起こせる仕組みをつくっておかなければならないのです。

3.製品やサービスが顧客に提供している効用や価値に関し、絶えず自らに疑問を投げかけていかなければならないのです。

4.最大の危険は、製品やサービスが何であり、何であるべきかであり、いかに買われ、何のために使われるかについて、顧客以上に知っていると思い込むことにあるのです。

5.予期せぬ成功を、侮辱ではなく機会として見なければならないのです。

6.企業は、顧客を満足させることによって対価を得て、顧客を替えることによって対価を得るのではないという、マーケティングの基本を受け入れなければならないのです。

2財務上の見通し

設立間もないベンチャー・ビジネスに特有の病気が、市場志向の欠如であり、それは初期段階における深刻な病で、ベンチャー・ビジネスを殺しはしないまでも、その発育を完全に止めてしまいかねず、これに対し、財務志向の欠如と財務政策の欠如は、成長の次の段階における最大の病気となり、とくに、急成長しつつあるベンチャー・ビジネスにとって脅威となり、財務上の見通しをもたないことは、成功すればするほど大きな危険となるのです。

◆ベンチャー・ビジネスの挫折

ベンチャー・ビジネスが製品やサービスで成功し、急成長すると、大幅な増益とばら色の見通しを発表し、株式市場の注目が集まり、とくに、ハイテクなどの流行の分野であれば、大きな注目が集まり、5年以内に売り上げ10億ドルという見通しさえ、あちこちで聞かれるようになるのですが、1年半後、そのベンチャー・ビジネスは挫折し、倒産はしないかもしれないが、赤字のために、275人の従業員のうち180人を解雇せざるをえなくなり、社長は退陣させられ、あるいは大企業に安い値で買い取られるのですが、原因はいつも以下のように同じ3つの原因である。

第1に、今日のための現金がない。
第2に、事業の拡大資本がない。
第3に、支出や在庫や債権を管理できない。

おまけにこれら3つの症状は、同時に起こることがあり、これらの病気のうちの1つにでもかかると、大さく体力を損ない、財務上の危機はひとたび起こるならば、立て直しに非常な苦労と苦痛が伴うのですが、3つの症状は、いずれも予防することができ、ベンチャー・ビジネスの起業家が、金に無頓着であることはほとんどなく、逆にきわめて貪欲であり、そのため、彼らは利益を重視するのですが、それは、ベンチャー・ビジネスとしては間違った態度であるのです。

利益は結果としてもたらされるものであって、最初に考えるべきものではなく、利益よりも現金、資本、管理のほうが、先に問題となり、これらのものがなければ、利益の数字も虚構に終わり、目の前の利益など、1年から1年半で消えてしまい、成長には栄養が必要であり、成長するということは、資金の余剰ではなく、資金の不足を意味し、成長には現金と資本が必要であるので、利益は虚構であり、バランスシートの1項目にすぎなく、しかもこの虚構に対し、ほとんどの国が税金をかけているのです。

成長は余剰の発生ではなく、債務の発生と現金の流出をもたらし、ベンチャー・ビジネスは、成長が健全であって早いほど、より多くの財務上の栄養を必要とし、新聞や株式情報に大きく取り上げられたベンチャー・ビジネスや、史上最高利益を更新したベンチャー・ビジネスが、2年後には無惨な苦境に陥るのです。

画像は、昨日の生徒さんの手直しした作品事例です。

既にどこのラーメン店でもあるような盛り付けは一切、教えないのです。

今日も最高のパワーで、スーパー・ポジテイブなロッキーです。

うどん学校・ラーメン学校・そば学校・パスタ学校で開業&成果アップ|「イノベーションと起業家精神(最終)」「ベンチャー・ビジネスのマネジメント、市場志向の必要、予期せぬことを当然とする」

昨日の展示会の「淡路麺業」のブースと、会場で久しぶりにお会いした麺学校の生徒さんたちです。

本日のテーマは「人間力養成学校」です。

現在、東京支店では5月度のラーメン学校を開催中ですが、生徒さんたちのモチベーションが高くないことが最初から分かっていたので、インストラクターたちも最初から注意して臨んでいたのです。

ラーメン学校は13年前に開校したのですが、最初のころのラーメン学校に参加していた生徒さんと最近のラーメン学校に参加する生徒さんのレベルが大きく違ってきていて、先々月のラーメン学校に参加された、東京都内ですでに超繁盛店を経営している生徒さんからも、生徒さんの質の指摘があったのです。

われわれは、このことを時代の変化と捉えていて、現在の日本の環境の変化を現している現象の変化と捉えているのです。

本当は、情熱溢れる生徒さんで麺学校が一杯になれば、どれほどインストラクターのモチベーションも上がるか分からないのですが、正反対の生徒さんを迎えて、指導することは、インストラクターにとってはたいへんなことではあるのですが、インストラクターの資質を伸ばす大きなチャンスになるのです。

私は、麺学校の日々の様子を細かく報告を受けているので、毎日、麺学校でどのようなことが起きているのか、手に取るように分かるのですが、今週水曜日はスープ取りの日で、スープの一部が遅くなってしまい、終電までに終わらず、生徒さん全員が終電までに帰ってしまったのでした。

だから、残ったスープを当社のスタッフたちで仕上げて仕舞をしたのですが、そのことにお礼を言ったのは、8人の生徒の中で2名だけであったのです。

翌日来て、そのことに気づいてお礼を言ったのはもう一人だけで、その他の生徒さんたちは、それが当たり前と思っていた様だったので、昨日の朝、生徒さんたちに向かって、松原先生が厳しく注意したのです。

これらのスープは、生徒さんたちのための作っていて、生徒さんたちは人生を賭けて、当社のラーメン学校に参加しているはずなのに、それがぜんぜん見えないと厳しく指摘したそうです。

すると、それから生徒さんたちの取組みの姿勢が変化し、昨日は熱心に取り組んだそうですが、余りにも生徒さんたちの情熱と本気度が低いので、松原先生は、私が本日参加するのは、時間が勿体ないので、参加を見合わせたらと言ってきたくらいだったのです。

私はいつも麺学校の実習の最終日には参加し、生徒さんたちの作品のチェックをしているのですが、同時に、自分自身の学びのために、自分自身でさまざまな試みを行なっているのです。

例えば、新しい野菜系のスープであるとか、フルーツ系のスープとか、新しい盛り付けとか、さまざまな試作をやっているのは、自分自身の成長のためでもあり、実技の最終日に参加しているので、放電だけではなく、充電が出来、私のレベルを上げ続けることが出来ているのです。

生徒さんたちのためにも真剣勝負で取り組みますが、真剣な生徒さんがいなくても、私は私自身の成長のためにさまざまな取り組みを行なうので、ぜんぜん困らないのです。

麺学校の中で、私が熱心に新しいスープを作ったり、盛り付けにチャレンジしていても、多くの生徒さんたちは気にも留めず、見にも来ないのです。

今週号の日経ビジネスに掲載されていたのは、AI(人口知能)時代になり、頭脳労働も機械に奪われ、米国では今後20年間で、現在の半分近くの仕事がコンピュータ化され、この比率がインドでは3分の2、中国では4分の3に跳ね上がり、多くの職業が消滅し、職を奪われる可能性があるのです。

産業革命で技術と教育の競争が始まり、20世紀はほぼ人間が勝利を収めたのですが、次の競争相手は、頭脳労働と肉体労働の両方に取って代わる技術で、すでに、M&A(合併・買収)のアドバイザーや為替トレーダーの仕事の一部は、コンピュータに学習能力を与えるアルゴリズムにより、自動化され始めているので、これからの教育を根本から考え直す必要が出てきたのです。

これまでの学校教育は、「読み」「書き」「計算」の中核的な認知能力を育成することに焦点を置く傾向があったのですが、今後はこの中核的な認知能力は当然ですが、人間でなければ出来ないことに重点を置く必要が出てきたのです。

機械に出来なくて、人間でなければ出来ない能力は、想像力を働かせ、論理を飛躍させる力においてはるかに優れていて、直観的で、創造的で、説得する力でも機械に勝り、人の気持ちを理解し、EQ(心の知能指数)を上げ、人間力を上げるような方向で、われわれは学びを深めていく必要があるのです。

だから、昨日のフェースブックで触れたように、情熱とか本気度等は人間の優れた能力であり、左脳は機械化し易いのですが、右脳は人間本来の強みであり、これからわれわれは右脳を強化する必要があるのです。

日本はこのような時代背景を抱え、われわれ麺学校が果たすべき役割は、人間力養成学校であり、情熱と人間力を高めることが出来る学校であるのです。

そのためには、当社自体が人間力研究所になり、人間力を高め続ける研究を行ない、それを麺学校を通じて、多くの生徒さんたちに指導し、麺ビジネスでのたくさんの成功者を生み出すことが使命なのです。

だんだんと世の中が変化するに当たり、当社の役割もより難しい方向になって来ているのです。

本日も当社の価値感を掲げ続けます。

1. 顧客に深くフオーカスし、絶えざる奮闘精神で、価値ある奮闘を長期にわたって続ける(顧客との深いコミュニケーション)
2. 自己批判(内省、フィードバック、自己とのコミュニケーション)
3. オープンな姿勢と進取の精神(アライアンス、イノベーション)
4. 効率の追求(利益、コスト)

丁度1年前の昨年2月21日から始まった、半年間以上に及ぶ、「イノベーションと起業家精神」の学びの最終のまとめに取り組んでいきます。

第15章 ベンチャー・ビジネスのマネジメント

企業であれ社会的機関であれ、既存の事業において、「起業家的マネジメント」というとき、ポイントは前半の「起業家的」にあるのですが、ベンチャー・ビジネスについては、ポイントは後半の「マネジメント」にあり、既存企業の起業家精神にとっての障害は既存の事業の存在にあるが、ベンチャー・ビジネスの起業家精神のそれは、既存の事業の欠落にあり、既存企業のイノベーションにとっての障害は、既存事業の存在であり、既存事業を担っている人たちが、往々にして抵抗勢力になり、イノベーションを妨げていて、社内全体がこのメカニズム、力学が働いていることの理解が欠かせなく、往々にして、自分たちがイノベーションの妨げになるマインドに陥り易いことの理解が欠かせないのです。

ベンチャー・ビジネスにはアイデアがあり、製品やサービスもあるかもしれず、売り上げさえあるかもしれず、かなりの売り上げがあるかもしれないのですが、コストはたしかにあり、そして収入があり、利益さえあるかもしれないのですが、ベンチャー・ビジネスには事業と呼べるものがなく、組織された命ある活動としての事業がなく、何を行い、何を成果とし、何を成果とすべきかが明確にされている事業がなく、ベンチャー・ビジネスは、いかにアイデアが素晴らしくとも、いかに資金を集めようとも、いかに製品が優れていようとも、さらには、いかに需要が多くとも、事業としてマネジメントしなければ生き残れず、19世紀における最大の発明家トーマス・エジソンは、このことが理解できなかったために、手がけた事業のすべてに失敗したのです。

エジソンの夢は、実業家として成功し、大企業の社長になることで、最高の企画力をもっていた彼が、事業に成功しても何の不思議もなく、彼は自分の発明した電球を使えるようにするためには、いかなる電力会社をつくるべきかを知り、いかに資金を集めたらよいかも知り、彼の製品は直ちに成功し、需要はいくらでもあったにもかかわらず、彼は起業家のまま終わり、マネジメントとはボスであることだと考えていた彼は、マネジメント・チームをつくらなかったので、彼のベンチャー・ビジネスは、中企業に成長した段階でことごとく倒産寸前に追い込まれ、いずれも、彼を追い出し、専門のマネジメントに置き換えるしか、救う方法はなかったのです。

ベンチャー・ビジネスが成功するには、以下の4つの原理があるのです。

1.市場に焦点を合わせること
2.財務上の見通し、とくにキャッシュフローと資金について計画をもつこと
3.トップ・マネジメントのチームを、それが実際に必要となり、しかも可能となる、はるか前から用意しておくこと
4.創業者たる起業家自身が、自らの役割、責任、位置づけを決断すること

上記のすべての項目について、本気で取り組むこと以外に、起業家から、事業家への変身はあり得ないのであり、起業家精神はイノベーションに欠かせないのですが、事業として永く繁栄するには、マネッジメントが欠かせないのです。

I市場志向の必要

通常、ベンチャー・ビジネスが期待にそえず、それどころか生き残れなくなったときのセリフは、「あの連中に市場をとられるまでは、うまくいっていて、彼らが市場に出したものは、うちのと大して違わなかった。」であり、あるいは、「うまくいっていた。ところが、あの連中がとんでもない客に売りはじめ、そのうち、こちらの市場までもっていってしまった」であるのですが、実際には、ベンチャー・ビジネスが成功するのは、多くの場合、考えてもいなかった市場で、考えてもいなかった客が、考えてもいなかった製品やサービスを、考えてもいなかった目的のために買ってくれることによってであるのです。

普通の経営者にとっては、想定外のお客さまが、想定外のものを想定外の目的で買ったのかも知れないのですが、アップルのステイーブ・ジョブズのようなマーケテイングの達人には、分かり切っていて、達人の域に達していない人は分からずに企画しているだけなのです。

◆予期せぬことを当然とする

ベンチャー・ビジネスは、この事実を認識し、予期せぬ市場を利用できるよう自らを組織しておかなければならず、あくまでも市場志向、市場中心でなければ、単に競争相手のために機会をつくっただけで終わり、競争相手のために市場を創るのは、ビジネス競争において一番下手くそな方法であり、絶対にやってはいけない取り組みで、とくに特定の使用目的しかない科学的、技術的な製品の場合、意図した市場において、意図した使用目的のために買われることがあるのですが、つねにそうとはかぎらず、特定の病気の治療を目的として開発した薬でさえ、別の病気の治療に使われることがあり、その例として、現在、胃潰瘍の治療に使われているある薬があります。

あるいはまた、人間のために開発されながら、獣医が使っている薬があり、真に新しいものは、予期せぬ市場を生み出し、1960年頃、ゼロックスが開発した最初のコピー機が現れるまで、オフィス用のコピー機が必要になるとは考えられなかったのですが、5年後には、コピー機なしの仕事が考えられなくなったのです。

最初のジェット機が開発された頃、最も優れた市場調査は、すでに就航中の航空機と製造中の航空機の座席数を合わせると、大西洋便の乗客数を超えると予測したのですが、5年後、ジェット機による大西洋便の乗客は、50倍さらには100倍に伸びたのです。

イノベーションを行う者自身の視野は狭くなりがちであり、狭窄症とさえいってもよいかもしれなく、自分が知っている世界しか見えなく、外の世界が見えず、そのよい例がDDTであり、第2次大戦中、兵隊を熱帯の害虫や寄生虫から守るために開発されたDDTは、やがて家畜や作物を害虫から守るために使われ、あまりの効き目に、使用を禁止されるまでになったのですが、DDTを開発した者のうち誰1人として、そのような使い方を予測できなかったのです。

もちろん彼らは、赤ん坊が夏、蠅が運ぶ細菌による下痢で死んでいることは知っていて、家畜や作物が害虫や寄生虫の被害を受けていることも知っていたのですが、彼らは、それを単に常識として知っているにすぎず、専門家として熱帯病に関心をもっているだけであり、初めにそれをほかの分野で使ったのは、自分が専門家である分野、すなわち自分の牛や綿花畑で使った徴兵された農民だったのです。

同じように、3Mは、工業用の研磨剤と接着剤のメーカーとして工業用品市場で成功していて、工業用に開発した接着テープがスコッチテープとして家庭や事務所でさまざまな使われ方をするとは考えもしなかったし、家庭や事務所を市場として考えたことはなく、売れない工業用品をつくった技術者が、消費財としてそれが売れることに気づいたのは偶然で、その技術者は、会社が製品を諦めることを決定した後、たまたま見本を家に持ち帰っていると、驚いたことに、10代の娘が夜、髪をカールするために、それを使ったのであり、この話の変わっているところは、この技術者や上司たちが、新しい市場の発見を直ちに理解したことだったのです。

1905年、ドイツのある化学者が局部麻酔剤としてノボカインを開発したのですが、それを使う医師はおらず、彼らは全身麻酔にこだわっていたのですが、予想もしなかったことに、歯科医がそれを使いはじめ、その化学者は、そのような目的のために開発したのではないと、あちこちで文句を言っていたというのです。

たしかに、このような反応は極端であるのですが、起業家という者は、イノベーションの目的を自分なりにもっていて、そのため、別の使われ方をすると腹を立て、予定外の客に売ることを拒否はしないかもしれないが、歓迎できない客だということははっきりさせたがるのですが、コンピュータに起こったことが、まさにこれで、最初にコンピュータを開発したユニバックは、その巨大な機械を科学用に設計していて、一般の企業が関心を示していることを知っても、「そもそも企業は、コンピュータが何たるかさえ知らないのではないか」と、言って、セールスマンを派遣しなかったのです。

IBMも、最初はコンピュータを科学用に設計し、とくに天文学の計算が目的だったのですが、IBMは、企業からの注文を喜んで受け、サービスを提供し、10年後の1960年頃、ユニバックは最高のコンピュータを手にしていたのですが、IBMは、市場を手にしていたのです。

経営学の教科書は、このような問題の解決策として、市場調査を教えるのですが、間違った処方箋であり、まったく新しいものについては、市場調査はできず、市場に出ていないものを市場調査することは不可能であり、1950年頃、ユニバックが行った市場調査では、紀元2000年までに1000台のコンピュータが売れると予測していたのですが、1984年の実数値は100万台であり、ユニバックの市場調査は最も緻密かつ科学的なものだったが、1つだけ間違いがあり、コンピュータが先端的な科学研究のためのものであるとする前提からスタートしていて、たしかに、そのような使われ方では、販売台数が限られて当然だったのです。

同じように、コピー機の特許の売り込みを受けた印刷機メーカーも、完璧な市場調査を行ったが、その結果、印刷会社はコピー機を使わないという結論を得て、特許を買うことを断わり、企業や学校や個人が、コピー機を買うようになるとは思いもしなかったのです。

したがってベンチャー・ビジネスは、自らの製品やサービスが、思いもしなかった市場において、思いもしなかった使われ方のために、なじみのない素人の客によって買われることがあって当然であるとの前提のもとに、事業をスタートさせなければならず、市場志向でなければ、生み出すものは、競争相手のための市場だけということになり、数年後には、「あの連中」が市場をもっていき、あるいは「とんでもない客」に売りはじめ、やがて市場を全部もっていってしまうのです。

画像は、昨日の展示会の「淡路麺業」のブースと、会場で久しぶりにお会いした麺学校の生徒さんたちです。

麺学校の生徒さんたちが最初の事業で成功し、次のステップに踏み出す人たちが増えているのです。

今日も最高のパワーで、スーパー・ポジテイブなロッキーです。

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