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うどん学校・ラーメン学校・そば学校・パスタ学校で開業&成果アップ|「イノベーションと起業家精神(最終)」「イノベーションの原理、体系としてのイノベーション、その騎士道」

ラーメン学校最終日の生徒さんの作品

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本日のテーマは「人手不足解消の根本は、価値観、使命の明確化」です。

2月9日から始まる、ドリームスタジオ福岡のイベントより、私のセミナーのタイトルが一新するので、セミナーのレジメを仕上げているところで、今回のセミナーのタイトルは、現在の時流に合わせて、次の3本です。

1.麺ビジネスのイノベーション
2.究極の人手(スタッフ)不足解決法は、これだ
3.究極の売上対策

上記のタイトルは、今年の初めに国内営業部門の責任者、太田部長と一緒に考えた内容で、現在、麺ビジネスをやっている方がた、或いは今から始めようとしている方がたに一番役立つようなコンテンツを選んだのです。

最初は、これらの3つのタイトルはそれぞれ、違った内容のように思って選んだのですが、実際にレジメを作り始めると、それぞれの内容が非常に関連しているのです。

そして、レジメを仕上げていくにつれて、それぞれの課題の結論は、価値観と使命を明確にすることが大本の基礎であることに行き着いたのです。

例えば、現在は日本中、たいへんな人手不足であり、日本だけでなく、海外でも人手不足のエリアが広がっているのです。

そして、最近は失敗しないようにするための重要な要素として、人手対策が重要な項目に挙がってきたのです。

人手がいないために、店を開けることが出来なかったり、閉店せざるを得なくなったり、営業時間を短くせざるを得なくなったり、いろんなところに大きな影響が出ているのです。

以前から、私はセミナーとかフェイスブックで伝えている通り、働き盛りである生産年齢人口(15歳から64歳までの人口)は21年前の1995年をピークにして、すでに12%以上もダウンしているのです。

従って、人手不足はこの先も続くし、更に状況は厳しくなるのは当たり前なので、麺ビジネスを成功させるためには、人手対策は最も重要な対策になります。

しかし、現実の店舗を見てみると、人手で困っている店が多い中で、それほど人手で困っていない店もあるのは、事実なのです。

人手で困っている店(会社)と、困っていない店(会社)の究極の差はどこにあるかと言えば、お店の主人(トップ)がどうしても、そのビジネスをやらなければいけない明確な理由(高い価値感の使命)があるかどうかだけなのです。

例えば、当社の場合の使命は、「麺ビジネス成功支援会社」であり、年間約7千軒程度のうどん蕎麦店、ラーメン店が新規に開業し、ほぼ同数、毎年閉店していて、開店1年以内の閉店数は4割以降、3年以内の閉店数は7割以上に達し、人生を賭けて新規開業しても閉店してしまうと、新規開業者の人生設計は狂ってしまいます。

だから、当社はお客さまが失敗しないように、麺学校、製麺機、メンテナンス、今回のようなイベント等を通じ、あらゆる方向からサポートをしているのです。

従って、当社のラーメン学校卒業生のうち、1年未満の閉店はゼロで、3年未満の閉店率は6.6%と当社のラーメン学校の来なかった場合と比べて、極端に低いのが自慢で、当社の製麺機のユーザーさまも同様です。

だから、当社の麺学校、製麺機の導入等を通じて、当社は損得抜きで、お客さまをガイドしているのです。

そして、現在、優秀な人材を集めるのは非常に難しいのですが、最も大きな原因は、マズローの法則の第1階層の生理的欲求とか、第2階層の安全欲求は、ほとんどの人が満たされているので、高い給与とか、金銭的なものにそれほど魅力を感じてないだけでなく、働かなくても食っていくことが出来る人が多いのです。

だから、待遇面を他店より多少良くしても、そこで働く魅力を感じないのです。

ところが、2011年の東北大震災のときも多くの若者がボランテイアで、救援に駆け付けたように、人に尽くすことに意義を見出している人は増えていて、意味のある仕事であれば、給与の多寡は関係なく、その仕事をして世の中への貢献に役立ちたいと思う人が増えているのです。

だから、これからの仕事は、社会的に意義のある仕事であることは非常に重要な要素であり、食を通じて、人びとを元気にしたり、幸せにすることが先で、儲けを前面に出さないことが重要なのです。

要するに価値感の順序が大切であり、志の高い価値感を持つことにより、それに共鳴する素晴らしい人を採用することが出来るのです。

最近は、クラウド・ファウンデイングのような社会的に意味のあることには、多くの人たちが投資をして、少額づつ持ち寄って、それが集まれば大きな額になり、ビジネスが他人のお金で出来るようになっているのです。

お金を集めるのも、人を集めるのも、社会的な意味のある価値感、使命を明確にすることにより、多くの賛同者を得ることなのです。

従業員はすべてビジネスの賛同者であり、応援団であり、お客さまもすべてビジネスの賛同者であり、応援団なのです。

昨年2月21日から始まった、半年間以上に及ぶ、「イノベーションと起業家精神」の学びの最終のまとめに取り組んでいきます。

第11章イノベーションの原理

Iイノベーションの原理

医者も長くやっていれば、患者の奇跡的な回復に出会うことがあり、不治の患者が突然治ることがあり、自然に治ることもあれば、信仰によって治ることもあり、奇妙な食餌療法によって治ることもあれば、昼間眠って夜起きることで治ることもあるのです。

このような奇跡をいっさい認めず、単に非科学として片づけることは愚かであり、それらのことは、現実に起こっているのですが、それらの奇跡的な回復を医学書に載せ、医学生相手に講義する医学者はいないのです。

なぜならば、それらのことは、再び行うことも、教えることも、学ぶこともできないからであり、しかも、・・それらの療法では、回復する者はわずかであって、圧倒的に多くが死ぬのです。

◆体系としてのイノベーション

これと同じように、本書において述べてきた、7つの機会と関係なく行われるイノベーションがあり、目的意識もなく、組織的、体系的でもなく行われるイノベーションであり、霊感によるイノベーション、天才のひらめきによるイノベーションであるのですが、そのようなイノベーションは、再度行うことはできず、教えることも、学ぶこともできず、天才になる方法を教えることはできないのです。

そのうえ、発明やイノベーションの逸話集がほのめかすほどには、天才のひらめきはあるものではなく、私自身、ひらめきが実を結んだのを見たことがなく、アイデアは、アイデアのまま終わり、歴史上、最も偉大な発明の天才が、レオナルド・ダヴィンチであることはまちがいなく、彼のノートには、潜水艦、ヘリコプター、溶鉱炉など、息を呑むようなアイデアが記されているのですが、1500年当時の技術や機械では、それらは1つとして、イノベーションとして実を結ぶことがなく、当時の社会や経済に受け入れられるはずもなかったのです。

学校では、蒸気機関はジェイムズ・ワットが発明したと教えているのですが、技術史家は、実用的な最初の蒸気機関をつくったのは、1712年のトーマス・ニューコメンだと言い、それはイギリスの炭抗で水をくみ上げるのに使われたのです。

ワットとニューコメンは目的意識をもちつつ、組織的かつ体系的にイノベーションを行ない、とくにワットの蒸気機関は、(シリンダーの製造技術という)新しい知識と、(コンデンサーという)それまで欠落していた設計とが結合して実現されたイノベーションであり、しかも、ニューコメンの(すでに数千台が実用に供されていた)蒸気機関によって、世に受け入れられる素地ができていたのです。

しかし、最初にエンジンを構想し、ひいては今日の近代技術を生み出しだのは、ワットでもニューコメンでもなく、天才的なひらめきによってそれを構想したアイルランド人の偉大な化学者ロバート・ボイルだったのですが、彼のエンジンは動かなかったし、動くはずもなかったのは、ピストンの動力として火薬の爆発を利用していたため、上下運動の都度、分解してシリンダーの煤を拭かなければならなかったのですが、このボイルのアイデアから出発して、彼の助手たったドゥニ・パパン、ニューコメン、さらにはワットが、実用エンジン開発に取り組んだのです。

天才ボイルが生み出したものはアイデアで、彼の業績は、技術史やイノベーション史ではなく、アイデア史に残されるべきものなのです。

目的意識、分析、体系によるイノベーションだけが、イノベーションの方法として提示され、論ずるに値し、しかも、イノベーションとして成功したもののうち少なくとも90パーセントは、そのようなイノベーションであり、体系を基礎として、かつそれを完全に身につけて、はじめてイノベーションは成功するのです。

イノベーションを起こすことは、何か特別なことではなく、普段の活動の中に組み込んでおかなければならないことなので、イノベーションを起こすのは、特別な人ではなく、誰でも起こすことが出来、新しい知識による技術革新のように目立つイノベーションではなく、むしろ、目立たないイノベーションの方が、われわれのビジネスには大きな影響を及ぼし、大きな成果を上げることが出来るのです。

それには、ドラッカーが体系化した「イノベーション7つの機会」の理解は欠かせず、それを道具として、フルに使いこなすことは必須条件なのです。

それでは、その体系の中核となるべきイノベーションの原理とは何か、イノベーションに必要な「なすべきこと」と「なすべきでないこと」は何か、そして、ドラッカーが必要条件と呼ぶものは何かを以下の章で探求します。

画像は、1月の本社のラーメン学校最終日の生徒さんの作品事例のつけ麺です。

今までのつけ麺とは、圧倒的な差別化を表現したつけ麺です。

今日も最高のパワーで、スーパー・ポジテイブなロッキーです。

うどん学校・ラーメン学校・そば学校・パスタ学校で開業&成果アップ|「イノベーションと起業家精神(最終)」「アイデアによるイノベーション、あまりの曖昧さ、その騎士道」

シンガポールでのフードコートにて

本日のテーマは「自分自身の学びの場」です。

本日は、毎月1回の私自身がコンサルを受ける日であり、経営者としての経営判断のチェックをして貰い、日々の経営課題の問題点を解決する日でもあり、朝から夕方まで、缶詰状態を質疑応答が続きます。

前回12月には、たくさんの面白い課題が見つかったもののうち、すでに開始し、ある程度成果が見えてきているのもあれば、まだまだ手つかずのものもあったりで、すべての項目をチェックし、さらに問題点が出てきたテーマについて、内容の確認をしていったのです。

このようなコンサルを受け始めて丁度1年が経過しましたが、1年経過してだいぶ内容が深まってきたような気がします。

このような経営課題を相談できる人は周りにほとんどいないので、月の1回のこの勉強会は、私にとってとても大切な毎月のイベントであり、難しい問題解決にたいへん役立っているのです。

現在、始まりつつある「麺ソムリエ制度」と「麺ソムリエ協会」の立ち上げは、数か月前のこの会議から出てきたもので、新しくイノベーションを起こすのにたいへん役立っているのです。

本日も有意義な内容がたくさん生まれ、今後、次つぎと実行に移していく予定です。

本日もコンサルの方より出てきたのは、「日本は、ほとんど人が学ばなくなってきているので、前向きに努力する中小企業においては、商売が楽になってくる」ということで、私も最近の国内の麺学校の生徒さんを見ていると、その想いが余計に強くなるのです。

私は以前から感じていたのは、国内では昔、このような状態であったのは、沖縄と北海道で、沖縄とか北海道で内地から熱心な人が移住して、勤勉にやれば非常に成功し易かった時代があったのです。

今は、国内全体が昔の沖縄とか北海道状態になってきたので、そのような中でシッカリ学び、頑張る人が出れば、非常に成功し易いのです。

ところが、今は熱心な多くの人が沖縄とか北海道に移住したり、北海道とか沖縄も熱心な人が増え、独自の強さを発揮するようになっているのです。

だから、大きく人口が減少している日本は、ビジネスでの可能性が低くなり、以前より余計に努力しなければ成功しなくなりますが、それでも一握りの努力する人は、以前よりはるかに成功し易くなっているのです。

今の日本はそれなりに豊かな国になり、生きるのに困る状態とか、食べるのに困る状態の若い人は少なく、また、福祉制度も充実し、生活保護等のセーフテイネットも張られているので、そんなに努力しないでも生きていくことは出来るのです。

しかし、私が心配するのは、世界から見れば、日本がだんだん弱くなり、政府の負債も増え続け、そのつけが次の世代に先送りされ続けていることなのです。

世界から見れば、日本国自体のGDPは世界第3位ですが、日本国民1人当たりのGDPはすでに世界27位で、世界9位のシンガポールは国民1人当たり56、286ドル(約647万円)であるのに対して、世界27位の日本は、36、222ドル(約417万円)で、すでにシンガポールの約64%まで落ちていて、さらに落ち続けているのです。

それは、日本のGDPの伸びはここ20年余りほとんど伸びがないのに対し、世界では伸び続けているので、相対的に日本は弱くなっているのです。

従って、20年前の日本の大卒の初任給は現在とほぼ同じであるのですが、他の国々ではずっと伸び続けているのです。

ようするに、日本人全体が気付かない間に、世界から大きく水を開けられているのです。

このことは、30年前の韓国、25年前のシンガポールを知っている私にとって、現在の韓国とシンガポールの変わり様を見れば、痛いほど分かるのです。

このような事実について、麺学校の経営講義では生徒さんたちに話し続けているのですが、海外にあまり行っていない、海外を知らない生徒さんのほとんどは、実感を持てないと思います。

だから、私がアラームを出し続けても、ほとんどの生徒さんはピンと来ていないようで、反応がないのです。

社内でも、このことは非常に大きな課題になり、今後、当社の麺学校を初級と中級に分けるようにしているのです。

片方で、レベルの高い生徒さんもいれば、反対に学ぶことに消極的な生徒さんもいるので、クラスを分けないと、お互いに十分な学びが出来ないことが分かってきたのです。

今年の5~6月以降のクラスから、完全に分けていき、双方の線引きも明確にしていきたいと考えています。

社内では、常にイノベーションを起す必要性を感じ、それに向けて走り続けたいと思います。

昨年2月21日から始まった、半年間以上に及ぶ、「イノベーションと起業家精神」の学びの最終のまとめに取り組んでいきます。

第10章 アイデアによるイノベーション

アイデアによるイノベーションは、ほかのあらゆる種類のイノベーションを全部合わせたよりも多く、10の特許のうち7つか8つは、この種のものであり、起業家や起業家精神についての文献で、取り上げられている新事業の多くが、アイデアにもとづき、ジッパー、ボールペン、エアゾール缶、缶のフタの類であり、企業の開発研究と称されているものの多くも、朝食用のコーンフレークやソフトドリンクの味つけ、新しい運動靴、焦がす心配のないアイロンなど、アイデアを発見するための作業です。

◆あまりの曖昧さ

アイデアは、イノベーションの機会としてはリスクが大きく、成功する確率は最も小さく、失敗する確率は最も大きく、この種のイノベーションによる特許のうち、開発費や特許関連費に見合うほど稼いでいるものは、100に1つもなく、使った費用を上回るかを稼ぐものは、おそらく500に1つという少なさで、しかも、アイデアによるイノベーションのうち、いずれに成功のチャンスがあるか、いずれに失敗の危険があるかは誰にもわからないのです。

たとえば、なぜあのスプレー式のエアゾール缶は成功したのか、ほかに似たような発明がたくさんあったのに、それらはなぜ失敗に終わったのか、なぜあの万能スパナが売れて、ほかのものは消えたのか、なぜジッパーは、あれほど引っかかりやすいにもかかわらず、ジッパーの引っかかりほど厄介なものはないにもかかわらず、広く受け入れられ、ボタンに取って代わったのか分からず、アイデアによるイノベーションの成否を事前に知るための方法も、とくに改善されているわけではなく、アイデアによるイノベーションで、成功する者に共通の個性、姿勢、性癖を知ろうとする試みも、同じようにうまくいっていないのです。

「イノベーションに成功する者は発明しつづけ、何でも試し、そのうちに成功する。」というのですが、続けていればやがて成功するという考えは、ラスベガスのスロットマシーンで儲けるには、レバーを引きつづければよいというのに似ていて、スロットマシーンは、胴元が70パーセントの確率で勝ち、レバーを引くほど負けの確率は大きくなり、スロットマシンで勝つ方法に根拠がないように、アイデアの追求において、執拗さがよい結果を生かなどという説を裏づける証拠はないのです。

たった1つのアイデアで成功し、それでやめる人がいて、ジッパーの発明者、ボールペンの発明者がそれで、他方、40の特許をもちながら、1つも成功しないという人が大勢いるのです。

もちろん、進歩はあり、成功するのは、正しい方法を実行したとき、すなわちイノベーションの機会を体系的に分析したときだけで、アイデアによるイノベーションの予測が難しく、かつ失敗の確率が大きい原因はかなり明らかであり、そもそもアイデアなるものが、あまりに曖昧であり、ジッパーを発明した人以外で、衣類をとめるのにボタンやホックでは、不都合だと考えた人が何人いたか、あるいは、ボールペンを発明した人以外に、あの19世紀の発明たる万年筆に欠陥があり、その欠陥が何であるかを考えた人が何人いたか、1960年代のヒット商品だった電動歯ブラシによって、いかなるニーズが満たされたか、つまるところ、電動式歯ブラシもまた、手で持たなければならないことに変わりはなかったのです。

しかも、たとえニーズが明らかになったとしても、問題の具体的な解決策は、自動的には出てこないのです。

交通渋滞の車中に気晴らしのニーズがあるということは、さほど気づきにくいことではないのですが、1965年頃、ソニーがこのニーズを満たすものとして開発したカーテレビは、かなり高価なカーステレオが成功したにもかかわらず、なぜ失敗したのか、あとになって答えることは容易ですが、事前に答えることは出来ず、起業家たる者は、いかにもろもろの成功物語に心惹かれようとも、単なるアイデアによるイノベーションに手をつけるべきではなく、つまるところ、ラスベガスでも、毎週誰かがスロットマシーンで大儲けしているのですが、スロットマシーンで遊ぶ、彼や彼女にできる最善のことは、あとで困るほど金を注ぎ込まないようにすることぐらいなのです。

これに対し、計画的に行動する起業家は、明確な目的意識を持ち、本書で述べてきたイノベーションのための7つの機会を分析し、それら7つの機会についてだけでも、個人として、あるいは企業として、さらには社会的機関として、なすべきことは十二分にあり、とうてい利用しきれないほどあり、しかもそれらの機会のそれぞれについては、いかにものごとを見、何を探し、何をなすべきかが明らかであるのです。

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アイデアによるイノベーションを志すという人たちに対してできることは、数の困難を乗り越えて成功し、かつ成長を続けていくためには、成功したあと何をしたらよいかを教えることぐらいであり、すなわちベンチャー・ビジネスの心得で、起業家精神についてのもろもろの文献が、イノベーションそのものではなく、ベンチャー・ビジネスの設立と、そのマネジメントの問題だけを扱っている理由もそこにあるのです。

◆その騎士道

とはいえ、一国の経済が起業家的であるとするならば、アイデアによるイノベーションに、特有の騎士道精神をないがしろにしてはならず、因みに騎士道(精神)とは、ウィキペデイアによれば、次の通りです。

騎士道は、日本における武士道に相当し、騎士たる者が従うべきとされたものですが、決して現実の騎士の行動が常に騎士道に適っていたわけではなく、むしろ兵器、鎧を独占する荘園領主などの支配層は、しばしば逆の行動、つまり裏切り、貪欲、略奪、強姦、残虐行為などを行うことを常としていたのです。

だからこそ彼らの暴力を抑止するため、倫理規範、無私の勇気、優しさ、慈悲の心といったものを「騎士道」という形で生み出したとも言えるのですが、建前であって通常の騎士であれば遵守することは難しく、騎士道に従って行動する騎士は周囲から賞賛され、騎士もそれを栄誉と考えたのです。

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騎士が身分として成立し、次第に宮廷文化の影響を受けて洗練された行動規範を持つようになり、騎士として、武勲を立てることや、忠節を尽くすことは当然であるが、弱者を保護すること、信仰を守ること、貴婦人への献身などが徳目とされたのです。

特に貴婦人への献身は、多くの騎士道物語にも取上げられ、宮廷的愛(courtly love)とは、騎士が貴婦人を崇拝し、奉仕を行うことであり、相手の貴婦人は主君の妻など既婚者の場合もあり、肉体的な愛ではなく、精神的な結びつきが重要とされ、騎士側の非姦通的崇拝は騎士道的愛ですが、一方、貴婦人側からの導きを求めつつ崇拝するのが宮廷的至純愛であるのです。

騎士道は西欧の社交術にも影響を与え、例としてレディーファーストが挙げられるのです。

たしかにアイデアによるイノベーションは予測することができず、組織化したり体系化したりすることが困難であり、そのほとんどは失敗し、多くは、事業としてほとんど意味をなさないのです。

缶切りやカツラ立て、ベルトのバックルであったり、皿拭き兼用の足温タオルであったりするのですが、それでも、アイデアによるイノベーションは、その数が膨大であるために、たとえ成功の確率は低くとも、新事業、雇用増、経済活動の大きな源泉となるのです。

アイデアによるイノベーションは、いわばイノベーションと起業家精神の原理と方法の体系における付録であるのですが、それは、高く評価され、報いられなければならず、社会が必要とする資質、すなわち行動力、野心、創意を代表するのです。

アイデアによるイノベーションを促すうえで、社会がなしうることはほとんどなく、理解しえないものを奨励することはできないのですが、少なくとも社会は、そのようなイノベーションを邪魔したり、罰したり、困難にしたりしてはならないのであり、絶対にしてはならないのです。

このように見るとき、たとえば特許費用の値上げなど、アイデアによるイノベーションの意欲を阻害したり、特許そのものを競争阻害的として取得しにくくしようとしている先進国、とくにアメリカの動きは、近視眼的かつ有害といわなければならないのです。

画像は、シンガポールでのフードコートで、スタッフたちと食事を取ったものの一部です。

ローカルの味の理解のために、フードコートでさまざまな料理を分け合って食べて、味の理解を深めているのです。

今日も最高のパワーで、スーパー・ポジテイブなロッキーです。

うどん学校・ラーメン学校・そば学校・パスタ学校で開業&成果アップ|「イノベーションと起業家精神(最終)」「受容度についてのギャンブル、知識によるイノベーションの報酬」

野菜の掻き揚げ天ぷらのうどん

本日のテーマは「いよいよ、英語のマスター」です。

昨日はシンガポール発午前10時過ぎ、羽田着18時過ぎで、羽田発19時半、高松到着21時過ぎとほぼ1日中、機内で過ごしたのですが、長時間のフライトの良い点は誰にも邪魔されずに、思考の時間が充分に取れることです。

そして、読書も思い切り出来たり、PCを使って思考しながら、次のセミナーのレジメを作ったりで、有意義な仕事が機内のまとまった時間で出来ました。

だから、今回のような昼間の長時間フライトでは、眠らなくても、到着したら夜なので身体にとっても負担が少なく、南方へ飛ぶ、シンガポールとか、オーストラリアは、北米とか、ヨーロッパのように時差がないので、余計に楽なのです。

寒いのを覚悟して日本に到着したのですが、想像と違い、ぜんぜん寒くなく、まだむしろ暑いくらいなのには驚きました。

以前は、上着は夏用と冬用を分けていて、この時期には、生地の厚い作務衣を着ていたのですが、今年は冬もずっと薄い夏用で通しているのは散歩と筋トレのお蔭で、基礎体温が上がっているせいかも知れません。

3日間のイベントを通して、カナダ、LA、イギリスからの参加者等と麺ビジネスの話をしていると、私も常に海外を体験しているので、現地の様子が手に取るように分かるので、現地のことを話し合っていても、話の内容で困ることはないのです。

当社は国内では、すでに40年の歴史があり、私はエンジニアでしたが社内にこもることはなく、むしろ常に外へ出てきた方なので、国内だけでなく、世界の麺ビジネスについて、深い知識と体験を持っている人はそれほど多くないと思います。

振り返ってみると、海外のOne day ramen schoolとOne day udon schoolに、私が参加し始めたのは、昨年の3月のLAからで、その当時は、来場者の前で英語を話すのは相当抵抗がありましたが、その後、LAでもう1回、シンガポールで2回開催し、決して上達はしていないのですが、慣れてきたのです。

英語と日本語は、背景にある文化がぜんぜん異なる言語で、英語を話すときは、別人になったような気持ちで、自分自身のモチベーションを高め、大きな声でしゃべれば、上手く話せることが分かってきました。

要するに、英語を話すときは、日本人であることを忘れることが大切であり、自分の性格が変わり、アメリカ人になったように自己暗示を行なうと、比較的楽に話せ、英語は日本語とは本質的にすべてが異なる言語であり、日本語は文字からしてもたいへん難しい感じが多いのですが、英語はアルファベットの26文字だけなので、学び易い言語であり、もし、英語文化圏の人が日本語を学ぶのと、日本語文化圏のわれわれが英語を学ぶのでは、後者がはるかに楽なはずです。

今までも、英語をマスターする大切さは理解していたのですが、緊急な必要性がなかったので、なかなか本気で学ぶ姿勢にならなかったのです。

海外での短期間の今回のようなイベントでも数回体験すると、慣れてくることがよく分かり、慣れが必要なことと、そのような場に自分自身を追い込むことの必要性がよく分かりました。

フィリッピンから日本に出稼ぎに来る若い女性が、3ヶ月も日本で暮らすと、日本語をほぼマスター出来る意味も良く分かり、そのような切羽詰まった状況に追い込むと苦手なことも、やらざるを得なくなり、出来るようになるのです。

但し、私の一番の弱点はヒアリングなので、ヒアリング能力を2月末のラーメン学校までに高め、同時に、さまざまなコンテンツの英語版の準備が必要なのです。

以前からそのような資料も、必要に応じて作ってはいたのですが、今回、シンガポールで本格的な学校を始めるお蔭で、英語版が加速します。

英語の学習の場合は、単語の数をある程度理解していないと、ヒアリング、スピーキング、ライテイングも出来ないし、文法の理解も欠かせないのです。

しかし、これからは、英語を話せることはグローバルビジネスでは必須になるので、大切な商談はレベルの通訳を入れて、間違いないようにしなければいけないのですが、普段の会話とか、麺学校での指導は英語で出来るようになっておく必要があるのです。

また、英語学習は筋トレとまったく同じで、日々のトレーニングが欠かせないので、日々、強制的に学ぶ仕組み、環境を作り上げる必要があるのです。

当社の社内には、TOECが950点以上の非常に高い英語能力のスタッフが3名いるので、今まではどうしても彼らに頼ってしまい、私を含めたほとんどのスタッフは英語が苦手なので、まず、私が最初にマスターして、短期間でマスターできる方法を社内に広めていこうと考えています。

私は、PCのブラインドタッチを短期間でマスターする方法を社内で広めてきたのですが、今回は同じように英語を広めなければと思っています。

昨日、お伝えした「最も早く学習した者が勝ち、勝者がすべてを手に入れる」のが、インターネット時代のビジネスの本質であり、例え苦手であっても、やらなければいけない必要はことは、絶対に外すことは出来ないのです。

英語をマスターすることにより、日本ではまだ翻訳出版されていない英語版の書物も読むことが出来るようになれば、さらに進化が早まるのです。

そうして考えてみれば、どちらを向いても、やらなければいけないことばかりなのです。

昨年2月21日から始まった、半年間以上に及ぶ、「イノベーションと起業家精神」の学びの最終のまとめに取り組んでいきます。

◆受容度についてのギャンブル

知識によるイノベーションが成功するためには、機が熟していなければならず、世の中に受け入れられなければならず、このリスクは、知識によるイノベーションに固有のものであって、その固有の力と裏腹の関係にあるのです。

ほかのイノベーションはすべて、すでに起こった変化を利用し、すでに存在するニーズを満足させようとするのですが、知識によるイノベーションでは、まさにイノベーションそのものが変化を起こし、それはニーズを創造することを目的とするのです。

しかるに、顧客が受け入れてくれるか、無関心のままでいるか、抵抗するかを事前に知ることはできないのですが、たしかに例外はあり、癌の治療薬を生み出す者は、どれだけ受け入れてもらえるかなど気にしなくともよいのですが、そのような例外は多くはなく、知識によるイノベーションが世に受け入れられるかどうかは、賭けであり、掛け率はわからず、隠されたままであるのです。

誰も気づいてはいないが、受け入れてもらう可能性は高いかもしれないし、逆に、社会がイノベーションを待望していることが[確実]であっても、誰も受け入れてくれないかもしれないし、反発さえされるかもしれないのです。

知識によるイノベーションに対する王侯の感受性の鈍さを表した挿話は多く、その典型な当時流行の鉄道について、「ベルリンからポツダムまで乗馬を楽しめるというのに、金を払って、1時間しか乗れないものを使う者などいないであろう」として、鉄道の失敗を断じたプロイセン王だったのですが、汽車に対する受容度を読み違えたのは、プロイセン王だけではなく、当時の専門家の過半が同じ考えだったのです。

コンピュータが現れた頃、企業がそのような代物を必要とするようになることを予測した者は1人もいなかったのです。

これと逆の間違いも、同じようによく見られ、本当のニーズ、本当の欲求が存在することは誰もが知っているのですが、実際にそれが現れると、無関心や抵抗しかないということがあるのです。

1948年当時、企業がコンピュータを必要とするようになることを見通せなかった権威たちが、その数年後の1955年には、コンピュータが10年以内に学校教育に革命をもたらすと予測したのです。

ドイツ人にとって、電話の発明者はアレキサンダー・グラハム・ベルではなく、フィリップ・ライスであり、ライスは1861年、音を電送し、言葉さえほぼ電送することができたのですが、彼は、その後開発を進めなかったのは、当時の社会には電話を受け入れる余地はなく、また関心もなく、望む声もなく、人々の大半は、電報があれば十分としていたのですが、その15年後、ベルが電話の特許をとるや、直ちに熱い反応が見られ、しかも、最も歓迎されたのがドイツにおいてで、この15年間における社会の受け入れ方の変化は、容易に説明でき、南北戦争と普仏戦争という2つの戦争が、電報では十分でないことを明らかにしていたのです。

ここで重要な問題は、なぜ受け入れ方が変化したかではなく、重要なことは、ライスがある科学関係の大会でその装置を実演したとき、当時の権威ある人たちのすべてが、社会はそれを全面的に受け入れるであろうと、断じたのにもかかわらず、それが間違っていたことにあり、もちろん斯界の権威が正しいことはあり、しかも、けっして少なくなく、たとえば1876年から77年にかけて、彼らは電球と電話は社会に受け入れられるだろうと言い、そのとおりだったのです。

同じように、1870年代にエジソンが蓄音機の発明に取り組んだときにも、権威たちはそれを支持し、このときも、蓄音機に対する社会の受容度についての彼らの見方は正しかったのですが、知識にもとづく個々のイノベーションに対する社会の受け入れ方についての権威の評価が正しいかどうかは、あとになってみなければわからず、しかも、知識によるイノベーションが受け入れられた原因や、受け入れられなかった原因は、必ずしもあとで明らかになるというわけではないのです。

たとえば、文字の表音化が強い抵抗を受ける理由は、誰も説明できず、正字法が読み書きの最大の障害となり、学校が時間をとられる原因となり、かつ、文字が読めないことや精神的な障害の原因となっていることについては、意見が一致していて、しかも表音化という方法は、少なくとも1世紀前から知られているのです。

この問題が深刻になっている2つの言語には、表音化がとくに有効であり、英語にはアルファベットがあり、日本語には「かな」があり、そのうえ、いずれの言語にも、表音化の手本が身近にあり、英語には、19世紀半ばに行われたドイツ語の改革の例があり、日本語にはそれよりもさらに昔に行われた朝鮮語の改革の例があり、いずれの言語にも大きなニーズがあり、表音化が優れて合理的であり、容易かつ効果のあることは証明ずみであるのです。

しかるに、表音化というイノベーションが受け入れられる様子はなく、説明はいろいろあるのですが、本当のところは誰もわからず、社会の受容度にかかわるリスクをなくすことはできないし、小さくすることさえできないし、市場調査は役に立たないのです。

存在しないものについて調査をすることはできず、もちろん調査などは、役に立たないどころか有害でさえあり、少なくとも、知識にもとづくイノベーションに対する社会の受け入れ方に関する権威の意見にまつわる経験が、すでに教えているとおりであり、選択の道はなく、知識によるイノベーションを行うのならば、それが受け入れられるかどうかについては、賭けてみるしか道はないのです。

◆知識によるイノベーションの報酬

科学や技術の分野における新しい知識にもとづくイノベーションこそ、リスクの最も大きなイノベーションであり、もちろんホットな分野であるほどリスクは大きくなり、それはかって、パソコンであり、バイオであり、これに対し、地味な分野のイノベーションは、単に時間的な余裕があるというだけでも、リスクは、はるかに小さく、社会的なイノベーションにおいても、リスクはそれほど大きくないのですが、知識によるイノベーションには、ほかのイノベーションよりも大きなリスクがつきものなのです。

しかしそのリスクは、それが世に与えるインパクト、そして何よりもわれわれ自身の世界観、われわれ自身の位置づけ、そしてゆくゆくは、われわれ自身にさえ変化をもたらすことに対する代価でもあるのですが、それらハイテクのイノベーションに伴うリスクでさえ、イノベーションの機会としての新しい知識を、予期せぬ成功や失敗、ギャップの存在、あるいはニーズの存在と結合させることによって、大幅に小さくすることができ、社会がイノベーションを受け入れるかどうかは、すでに確定していて、容易かつ確実に調べることができ、しかも、イノベーションを完成させるうえで必要な知識も、かなりの精度で、規定することができ、これがまさに今日、開発研究なるものに人気がある理由なのです。

(注記)研究開発(けんきゅうかいはつ、英: Research and development、R&D)とは特定の対象を調査して、基礎学問の研究や、目的に応じた応用研究の模索、将来的に発展する技術等の試験を行い、技術的な優位を得るための活動であり、英語ではResearch and developmentを用いることが多く、20世紀の初頭以降に用いられるようになった言葉です。

開発研究においては、システム的思考と自己規律が必要とされ、組織的かつ、目的が明確であることが不可欠であり、このように、知識によるイノベーションを行おうとする者は、より多くのことを要求され、ほかのイノベーションとは、要求されるものがまったく異なり、直面するリスクが異質であり、そもそも時間が敵であるのですが、リスクが大きければ、それだけ報酬も大きく、この典型的な事例としては、かってはスマートフォーン、現在は、スマート・ウオッチ、更には、スマート・グラスがこれに当たり、ほかのイノベーションでも富を手に入れることはできるのですが、知識によるイノベーションでは、名声まで手に入れることができるのです。

画像は、シンガポールのイベントの最終日に私が披露した、野菜の掻き揚げ天ぷらのうどんです。

掻き揚げの野菜のカット方法も、実に色んな方法があり、このようなサイコロカットは、野菜のロスが出ず、下準備が早く簡単で、野菜の質感がシッカリあり、たいへん美味しいのです。

今日も最高のパワーで、スーパー・ポジテイブなロッキーです。

うどん学校・ラーメン学校・そば学校・パスタ学校で開業&成果アップ|「イノベーションと起業家精神(最終)」「整理期、ハイテクのリスクと魅力」

英語で書かれたホワイトボード

本日のテーマは「とにかく、行ってみる」です。

昨日で、3日間にわたるシンガポールでの、One day

ramen schoolとOne day udon schoolのすべてが終了し、今朝は早くホテルを出て、1週間ぶりの帰国の途についています。

日本に到着したら非常に寒いことを想定し、ホテル出発前に下着を冬の下着に変えたのですが、空港までの間、さすがに暑かったのです。

以前は、上着は夏用と冬用を分けていて、この時期には、生地の厚い作務衣を着ていたのですが、今年は冬もずっと薄い夏用で通しているのは散歩と筋トレのお蔭で、基礎体温が上がっているせいかも知れません。

3日間のイベントを通して、カナダ、LA、イギリスからの参加者等と麺ビジネスの話をしていると、私も常に海外を体験しているので、現地の様子が手に取るように分かるので、現地のことを話し合っていても、話の内容で困ることはないのです。

当社は国内では、すでに40年の歴史があり、私はエンジニアでしたが社内にこもることはなく、むしろ常に外へ出てきた方なので、国内のことでも同様ですが、世界の麺ビジネスについて、深い知識と体験を持っている人はそれほど多くないと思います。

毎回、こうして海外に出ますが、大切なことは自分がやっていることに興味を持ち、徹底的に調べたり、体験したりすることだと思います。

今回のイベントに、インドネシアのジャカルタから参加しているお客さまが、自社製の冷凍うどんと生ラーメンを持参していたので、イベントが一段落したところで、一緒にそれらの麺を試食してみました。

冷凍茹でうどんと、当社若大将で作った生麺を比較することはできませんが、冷凍うどんとしては、まずまずの品質で、私が驚いたのは、茹で時間の短さであったのです。

その冷凍茹でうどんのサイズは、普通の茹でうどんサイズであるにも関わらず、茹で時間が3分間で、その後、急速冷凍をかけて冷凍茹でうどんにしているのです。

信じられなくて何度も確認しましたが、間違いないようで、さらに切り幅サイズが同じで、厚さの薄いうどんの方は、茹で時間が30秒であるとのことでした。

これらのことは、今までの私の製麺の常識を超えているので、近々、ジャカルタの彼の麺工場まで確かめに行こうと思っています。

このような、今まで経験をしたことがないようなことを聞くと、必ず、見に行くのですが、見に行くことによって、思わぬ発見があることが多いのです。

昨年末に、山梨のたいへんな田舎で、親子2人で、機械を一切使用せず、純粋な手打ちだけでうどんを作っている製麺所に行ったときも、新しいビジネス・モデルの発見につながり、改めて、体験することの大切さを痛感するのです。

不思議だと思ったり、気になったことは、そのままにせずに、行動することは、早く多くの失敗をすることと、同じような意味で非常に重要であり、早くものごとの真実を理解するのに役立つのです。

「最も早く学習した者が勝ち、勝者がすべてを手に入れる」のが、インターネット時代のビジネスの本質であり、学習とは、机に向かって本から学ぶだけではなく、一歩街へ出れば、われわれの周りは、すべて学習対象なのです。

昨日も夕食を兼ね、ジャカルタからのお客さまと、当社のスタッフたちと一緒にショッピングセンターの大きなフードコートに出かけ、スタッフたちが思い思いに、好きな料理のたくさんの種類を取り、分け合って食べたのです。

すると、シンガポールの地元で好まれている人気のある味がよく分かり、同時に、フードコートの店の中でも人気のある店と、そうでない店の落差が大きく、人気のある店は、お客さまが列になっているのですが、そうでない店は閑散としているので、地元では、どのような料理が好まれているのかが、良く分かるのです。

だから、海外での好まれる料理を見るには、その土地での大きなショッピングセンター内にあるフードコートへ行けば、地元で好まれる味と料理が分かるので、料理の研究には欠かせない、楽しい場所であり、シンガポールのショッピングセンター内にあるフードコートは、日本の一般的なショッピングセンター内にあるフードコートとは趣が異なり、安いけれども美味しい料理を提供する、有名店がたくさん入店しているのです。

だから私は、海外では、どこに行っても、ショッピングセンターのフードコート視察は欠かさずに行っているのです。

昨日行ったショッピングセンターは、シンガポールへ来る度に行っている有名で、規模の大きいショッピングセンターで、センター内の店のほとんどは、良く知っているのですが、行くたびに、余計に繁盛している店とそうでない店に分かれ、お客さまのニーズの変化を理解することも出来、また、店舗側の進化の違いも見ることが出来るのです。

これからもシンガポールへは、毎月のように行くようになるので、さらにシンガポールの食の研究は深まるのです。

昨年2月21日から始まった、半年間以上に及ぶ、「イノベーションと起業家精神」の学びの最終のまとめに取り組んでいきます。

◆整理期

整理期は、開放期が終わるとともに始まり、開放期に設立されたベンチャー・ビジネスのきわめて多くが、鉄道や電機、自動車などの昨日のハイテクで見られたように、この整理期を生き延びることができないのです。

本書が出版された1985年ごろ、マイクロプロセッサー、ミニコンピュータ、PCの各産業は、開放期が始まってまだ5、6年しかたたないにもかかわらず、すでに整理期が始まっていて、この産業に属する企業は、アメリカだけでも、おそらく100社以上あったのですが、10年後には、一応の規模を持つそれなりの企業でさえ、1ダースを超えることはなかったのです。

いずれが生き残り、いずれが死ぬか、いずれが生きることも死ぬこともできずにいるかはわからず、予測をしても無駄で、規模が大きいために、生き残れるという企業もあるかもしれないのですが、規模の大きさは成功を保証しないのです。

もしそうであるならば、今日、デュポンではなくアライド・ケミカルが、世界で最も業績のよい最大の化学品メーカーになっていたはずであり、1920年、アメリカで化学産業の開放期が始まった頃には、たとえ第1次大戦中、アメリカ政府によって没収された、ドイツの化学特許を手に入れたことが唯一の理由だったとしても、とにかくアライド・ケミカルが無敵の存在だったのですが、7年後の整理期の後、アライド・ケミカルは2流に落ち、以来、2度と活力を取り戻すことができなかったのです。

1949年当時、GEやジーメンスのような老舗の大企業が、コンピュータで失敗することはもちろん、IBMがコンピュータ産業の巨人として登場してくることさえ、予測できた者はおらず、1910年から14年にかけて、自動車株がニューヨーク証券取引所の人気銘柄だった頃、GMやフォードが生き残って成功し、当時人気の頂点にあったパッカードやハプモービルが姿を消すと予測した者はいなかった。

同じように、近代銀行が生まれた1870年代や80年代において、やがてドイツ銀行が、数十にのぼるドイツの老舗の商業銀行を吸収合併し、ドイツの代表的な銀行になることを予測した者はいなかったのです。

いかなる産業が重要な産業となるかは、容易に予測することができ、歴史を見るかぎり、ドラッカーが開放期と呼ぶ爆発的ブーム期を経験した産業はすべて、重要な産業となっていて、問題はそれらの産業において、どの企業が生き残り、主要な地位を占めるにいたるかであるのかですが、それは誰にも分からないのです。

以上のことより、マネッジメントはイノベーションを起こし、その成果を活用する企業にとって、欠くことの出来ない重要な要素であり、このことに気づいて、マネッジメントのレベルを高め続けている企業はいつしか、他のライバルの気付かないうちに、はるか遠くへ行くことが出来るのです。

気づかないで、マーケテイングとか、イノベーションに無関心な企業は、例え現在、素晴らしいポジションにあろうと、謳歌を楽しんでいようと、未来は明るくないのです。

◆ハイテクのリスクと魅力

投機熱を伴う開放期のあとに厳しい整理期が続くというパターンは、とくにハイテク産業で現れやすいのは、ハイテクは、ほかの平凡な産業に比べて、脚光を浴び、多くの新規参入と投資を引きつけるからであり、期待も大きいのです。

おそらく、ハイテクよりも靴墨や時計のような事業で金持ちになった人のほうが多いにちがいないのですが、誰も靴墨メーカーが10億ドル企業に育つことを期待はしないのです。

したがって、健全経営ではあっても小さな同族会社で終わることを失敗と見る人はいないのですが、これに対してハイテクは、中ぐらいの成功には何の価値もないという伸るか反るかの勝負であるので、そのゆえにこそ、ハイテクにおけるイノベーションには、大きなリスクが伴うのです。

しかもハイテクは、かなり長い期間、利益をあげることができず、コンピュータ産業は、1947年から48年にかけて始まったのですが、産業全体として見るかぎり、30年以上もたった1980年代初めまで、収支が合わなかったのです。

たしかに、アメリカの企業のなかには、早くから利益をあげはじめたところもあり、コンピュータ産業の雄たるIBMは、かなり早くから利益をあげていたのですが、産業全体で見るならば、これらわずかな数のコンピュータ・メーカーの利益は、世界の電機メーカーが、コンピュータ・メーカーへの脱皮という試みに失敗して蒙った膨大な損失をはるかに下回っているのです。

これと同じことが、コンピュータ前のハイテク、すなわち19世紀初めの鉄道、1880年から1914年にかけての電機メーカーと自動車メーカー、1920代のラジオ局にも起こったのです。

このようなことが起こるのは、調査、技術開発、技術サービスに多額の資金を注ぎ込まなければならないからであり、ハイテク企業は、たとえ現状を維持するためであっても、つねに速く走らなければならず、もちろん、これもハイテクの魅力であるのですが、このことは、整理期が訪れたとき、ごく短期の嵐を乗り切るのに必要な資金的余裕さえ、残している企業はほとんどないということを意味し、ほかの産業に比べて、ハイテク産業が、とくに資金的な見通しを必要とする反面、資金的な見通しが困難な原因は、ここにあり、この整理期に生き残るための処方は1つしかなく、マネジメントであるのです。

ドイツ銀行がほかの新しい銀行と比べて、際立った存在となりえたのは、ゲオルク・ジーメンスが、世界で最初のトップ・マネジメント・チームを構想し、それを実際につくりあげたからだったのです。

デュポンがアライド・ケミカルより際立った存在となったのは、1920年代の初め、体系的な組織構造や長期計画、それに情報システムを世界で最初につくりあげたからだったのですが、対して、アライド・ケミカルは1人の天才によって恣意的にマネジメントされていたのです。

しかし、これで話は終わらず、最近のコンピュータ産業における整理期に生き残れなかった大企業のほとんどは、GEやジーメンスなど、第1級のマネジメントをもつとされていた大企業なのであるのですが、しかも逆に、自動車産業の整理期において間違ったマネジメントが行われていたフォードが、たとえ辛うじてではあったにせよ、とにかく生き残ったのは、マネジメントもまた、生き残りの条件ではあっでも、保証というわけにはいかないのです。

しかも整理期がやってきたとき、ブームのうちに急成長を遂げた企業が、デュポンのように正しくマネジメントされていたか、それともアライド・ケミカルのように間違ってマネジメントされていたかを知りうるのは、その企業にいる人間だけであり(あるいは、彼らさえ知らないかもしれない)、そして、それを知る頃にはすべてが手遅れであるのです。

シンガポールの麺学校と日本の学校の一番の違いは、授業を日本語で行なうか、英語で行なうかで、日本の学校に海外から参加する日本語が理解出来ない生徒さんは、高い通訳料を払う必要があるのですが、シンガポールの場合は、すべて英語で授業を行なうので、通訳料が要らないのです。

従って、私も英語で授業を行ないましたが、来月の開校までに英語に翻訳しなければいけない資料がたくさんあることが分かりました。

今日も最高のパワーで、スーパー・ポジテイブなロッキーです。

うどん学校・ラーメン学校・そば学校・パスタ学校で開業&成果アップ|「イノベーションと起業家精神(最終)」「分析の必要性、戦略の必要性、マネジメントの必要性、時間との闘い」

スープ作りを生徒さんたちに説明してところ

本日のテーマは「国ごとの利益率の大きな差」です。

昨日で、2日目のOne day ramen schoolが終わり、今日は最終日のOne day udon schoolで、昨日もたくさんの質問がありました。

質問を受けていると、日本で住んでいるわれわれが知らない海外事情が、非常に良く分かります。

国内でも現在、お客さまのニーズは、非常に細分化されてきていますが、海外ではわれわれの想像を超えて細分化していて、その国ごと、或いは地域ごと、或いはそのお客さまごとにニーズが異なり、それぞれのニーズを理解することが欠かせず、お客さまごとの異なるニーズへの対応が欠かせないのです。

今回は、インドネシアのジャカルタで製麺業を20年間営業している参加者がいて、私の空いた時間が少しでもあると質問攻めになり、その参加者のためのプライベート・レッスン状態になったのです。

その生徒さんは、日本の地方にある中堅製麺所からノウハウを貰い、製麺所を開業し、以来ずっと日本と親しくしているのです。

ラーメンとうどんを従業員10名程度で、製造している麺工場を持ち、売上に対する利益率が30%の非常に楽なビジネスをやっているのです。

日本の製麺所のほとんどは、右肩下がりのビジネスですが、インドネシアではまだ右肩上がりの状態で、日本の高度成長期である、今から30~40年前のような状態で、利益率の良いのは製麺業だけではなく、麺を卸しているレストランビジネスも、売上に対する利益率は30%以上のビジネスだそうです。

日本の製麺所であれば、5%の利益を出すのもたいへんなのですが、インドネシアでは、いろんなビジネスが桁違いの利益を出しているのです。

日本の場合、スーパーの発展期以降、製造業よりも小売業の方が大きな力を持ち、製麺所はバブル崩壊の後、規模の小さいところが淘汰され、規模の大きいところか、或いは規模は小さくても、ユニークな商品を持ち、強いポジションで営業しているところしか生き残れていないのです。

特に現在は、大手の製麺所のほとんどは、コンビニエンスのベンダーになったり、流通の傘下になっている会社が多いのです。

しかし、海外ではまだ小売業が日本のように整備されておらず、製造業が楽にビジネスが出来ているのです。

日本の製麺業のほとんどの業者は、海外志向ではなく、一部の業者は北米とか、シンガポールで活躍しているのですが、国内では厳しい業種でも海外に出れば、大きなチャンスのある業種は多く、多くの人たちが狙っていない場所こそ穴場であるのです。

しかし、この様に参加者と対話していると、日本のビジネスと海外ビジネスの利益率の大きな差を感じざるを得ず、この利益率の違いは一体どこから出てくるのかを、今後明確にするのが、私の課題です。

私は以前、自分でビジネスを始めたころは、関西地区は商売が厳しく、値引き競争が激しく、誰も儲からないような構造になっているのに反して、関東地区は関西地区ほど、値引き競争が厳しくなく、みんなが平等に儲かり易い構造になっていると思っていた時期があります。

現在の関西は、以前とはだいぶ変わり、このようなことはないのですが、現在は、日本全体が儲かり難い体質に変わったような気がします。

だから、これからの日本でのビジネスで成功を収めるためには、人口減で競争が激化していくなかで、高い利益を上げることが出来るビジネスを作り上げることと、もう1つの方向は、ビジネスが拡大している海外への進出なのです。

海外進出の場合は、あまり高齢になると難しくなるので、ある程度の若い年齢で進出することは大切です。

また、世界の先進国の中でも、日本が世界の中で一番くらい、高齢化が急速に進んでいるので、日本での成功事例を作り上げることが出来れば、日本の後を追っている他の先進国へのビジネス・モデルの輸出が出来るのです。

或いは、中進国、後進国へ順次、時間軸を置いて、展開が可能なのです。

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国内は急速に変化しているので、消費者のニーズも大きく変貌を遂げ続け、そのニーズの変化に上手に対応し続けているのが、現在の勝ち組企業である、コンビニエンスであれば、セブンイレブンであり、外食であれば、スターバックス等であり、これらの企業を見ていけば、これからやらなければいけない方向性が見えてくるのです。

少し街に出てみると、勝ち組企業の様子はよく分かり、勝ち組企業の店内の様子、即ち、商品の様子をみれば、未来が透けて見えてくるので、街に出て、新しい空気を呼吸することも欠かせないのです。

人類の長い歴史の中で、現在の日本のような状態は、ほとんどの国が経験しておらず、現在の日本が経験していることは、今後の世界の国々で、非常に役立つことなのです。

昨年2月21日から始まった、半年間以上に及ぶ、「イノベーションと起業家精神」の学びの最終のまとめに取り組んでいきます。

そのために、知識によるイノベーションを起こす場合の必須条件は、次の3つの要件を満たすことであったのです。

1.分析の必要性

第1に、知識によるイノベーションに成功するには、知識そのものに加えて、社会、経済、認識の変化などすべての要因分析をする必要があり、起業家たる者は、その分析によって、いかなる要因が欠落しているかを明らかにしなければならないのです。

2.戦略の必要性

第2に、知識によるイノベーションを成功させるためには、戦略を持つ必要があるのです。

3.マネジメントの必要性

第3に、知識によるイノベーション、とくに科学や技術の知識によるイノベーションに成功するには、マネジメントを学び、実践する必要があり、事実、知識によるイノベーションは、ほかのいかなるイノベーションよりも、マネジメントを必要とするのです。

◆ 時間との闘い

前項を復習すると、100年前には、知識をもつ人、とくに科学や技術によるイノベーションのために、直ちに働きはじめる用意のある訓練された人材を、ごくわずかの国しかもたなかったのですが、今日では、きわめて多くの国が、持っているのです。

知識によるイノベーションの場合、常に「解放期」が起こり、多くの企業が参入し、その後の「整理期」で、ほとんどの企業が淘汰されることを繰り返しているのです。

これらのことは、「2つの意味」をもつのです。

第1に、科学や技術によるイノベーションを行おうとする者にとっては、時間が敵であり、ほかのイノベーション、すなわち、予期せぬ成功や失敗、ギャップの存在、ニーズの存在、産業構造の変化、人口構造の変化、認識の変化にもとづくイノベーションにとって、時間が味方であるのとは大違いであるのです。

科学や知識以外のイノベーションでは、イノベーションを行う者は放っておかれ、たとえ間違っても、修正する時間があり、新しいベンチャーに着手するチャンスも、数回はあるのですが、知識、とくに科学や技術によるイノベーションでは、そうはいかないのです。

新規参入が可能な開放期は短かく、チャンスは2度となく、最初から失敗してはならないのであり、環境は厳しく仮借なく、開放期が過ぎれば、チャンスは永久に失われるのです。

しかし知識産業のなかには、最初の開放期が終わって20年、30年後に、再び開放期が始まるものがあり、コンピュータがその一例であり、コンピュータ産業の最初の開放期は、1949年から55年頃まで続き、当時、世界の電機メーカーのほとんどすべてが、コンピュータ産業に入っていったのです。

アメリカでは、ウエステイングハウス、RCA、イギリスではブリティシュ•ゼネラル•エレクトロニクス、プレッシー、フェランティ、ドイツではジーメンスとAEG、オランダではフィリップスだったのですが、しかし1970年には、それら大手電機メーカーは、すべて不名誉な撤退を余儀なくされたのです。

残ったのは、1949年には存在さえしていなかったような企業であり、あるいは、限界的な存在だった中小の企業であり、アメリカでは、IBMのほかでは、中小のコンピュータ•メーカー7社で、イギリスでは、ICL、GEのコンピュータ部門、プレッシーやフェランテイの残骸であり、フランスでは政府の手厚い保護のもとに、ようやくいくつかのメーカーが残り、日本でも、長期にわたる政府の保護のもとに、辛うじていくつかが残ったのです。

そして1970年代の末、ワープロ、ミニコンピュータ、パソコン、コンピュータと電話交換機の結合をもたらすことになった半導体の出現に伴い、2回目の開放期が始まったのですが、1回目のラウンドで失敗したメーカーは参入せず、1回目のラウンドに生き残った者の多くも、2回目には参入しなかったか、或いは、いやいや遅れて参入したのです。

ユニバック、コントロール•データ、ハネウェル、バローズ、富士通、日立のいずれも、ミニ・コンピュータやパソコンでトップをとろうとはしなかったのですが、例外は、1回目のラウンドのまぎれもない勝者、IBMであり、このようなパターンは、知識にもとづくほかの分野のイノベーションにも見られたのです。

第2に、知識によるイノベーションの開放期が混み合ってきたために、イノベーションを行う者の生き残りの確率が小さくなったのです。

開放期における新規参入者の数は、今後増える一方となるのですが、産業構造は、ひとたび安定し成熟してしまえば、少なくとも1世紀は安定的に続くのです。

もちろん産業構造は、産業によって大きく異なり、技術、資金、参入の容易さ、市場のローカル度によって変わり、それぞれの産業には、それぞれ特有の構造があり、産業によっては大企業、中企業、小企業、専門化した企業など、多様な企業がありうるのです。

ところが、コンピュータ産業や近代銀行業のような知識にもとづく産業の場合は、市場は1つになり、グローバル市場であり、したがって、知識によるイノベーションを行う者のうち、その産業が成熟し安定するまで生き残れる者は、もはやあまり多くはないのです。

しかも主としてグローバル市場と通信の発達により、開放期における新規参入者の数は、大幅に増加しつつあり、ひとたび整理期がくれば、死亡率は昔よりもはるかに高くなり、しかも、整理期は必ずくるので、それは避けられないのです。

自社がどの産業に属するかにより、グローバル市場で闘うのか、ローカル市場で、生き残れるかが決まってくるのですが、簡単に世界流通出来るようなコンピュータの世界は、グローバル市場になり、鉄道のようにその地域のお客さまだけを対象にする場合は、ローカル市場だけの競争になるのです。

画像は、プロジェクターとホワイトボードを使い、スープ作りを生徒さんたちに説明してところです。

生徒さんからは予期せぬ質問が多く、その都度、どのように説明すれば分かり易いか、考えながら説明を加えているのですが、生徒さんの質問により、次のテキストブックの内容が出来ていきます。

今日も最高のパワーで、スーパー・ポジテイブなロッキーです。

うどん学校・ラーメン学校・そば学校・パスタ学校で開業&成果アップ|「イノベーションと起業家精神(最終)」「特有のリスク、新産業の開放期と整理期」

松原先生が麺講習を行なっているところ

本日のテーマは「世の中の大きな進化は、すでに始まっている」です。

昨日からOne day ramen schoolが始まりましたが、今回もカナダ、LA、ロンドン、オーストラリア、フィリッピン、インドネシア、マレーシア等、遠方からも生徒さんたちが参加し、質問も多く、活発な授業になりました。

質問を受けていると、生徒さんの抱えている問題点がよく分かり、レイアウト等も大きな関心で、カナダのカルガリーから参加している生徒さんは、出来上がったレイアウト図面を持参してきていて、意見を求められたので、スープの冷却シンクが足りないことを指摘したのです。

事業計画書(Business Plan)には、ほとんどの生徒さんが興味を持ち、海外では、日本のように少ない客席での高回転型のラーメン店ビジネスは成立しないので、売上、利益と席数の関係性には興味を持ち、事業計画書のサンプルを欲しがっていました。

過去のシンガポールでのOne day ramen schoolとか、One day udon schoolには、必ず、日本人が何人かいたのですが、今回はまったく日本人参加者がおらず、ますます日本語から遠ざかるのが分かります。

午前中は、私のマネッジメントを中止にした質疑応答で、午後から製麺講習、スープ講習、その後、実際のラーメンの試作と試食を繰り返しました。

昨日は、博多トンコツ・ラーメン、キムチ・ラーメン、濃厚魚介のつけ麺、温かい魚介だけのラーメン、冷たい魚介だけのラーメンと合計5種類のラーメンを試作し、試食を行ないました。

One day ramen schoolでは、麺作りは実際に行ない、スープ作りは行なわないので、比較的短時間で、スープベースと元ダレ、香味油の合わせまで行ない、盛り付けの指導も行なうことが出来るのです。

その他の生徒さんからの質問であったのは、ラーメンスープの変遷で、昨日も書いたように、ラーメンスープもトンコツ、鶏ガラから始まり、魚介、野菜、フルーツとバライテイ豊かになっていることと、スープ濃度が低い、あっさりした味から、徐々に濃厚な味に変化していることを説明しました。

次に質問が、ラーメンの持ち帰りビジネスに及び、持ち帰りの場合の熱いスープの中での麺の茹で延びの問題について指摘があったので、私が体験したロンドンの事例を話し、家賃の高いロンドンでは専用の紙の耐熱容器で、ラーメンの持ち帰りビジネスが盛んに行なわれ、汁の多いラーメンだけでなく、焼きそば等の持ち帰りも盛んなのです。

ラーメンのスープの歴史が、熱いスープの通常のラーメンから始まり、つけ麺のような濃く、少ないスープになり、さらに混ぜ麺ではスープがなくなり、パスタのソースのように、麺に絡めて食べる状態になり、スープがより濃くなり、量が少なくなる方向で、時間が経っても茹で延びが少なく、持ち帰りには便利な方向になっているのです。

この様に、外国では国内とは異なったニーズがあることが分かり、同時にこれらの異なったニーズも、そのうちに日本でも通用するようになり、日本での新しいビジネスに繋がる可能性があるのです。

昨日は、One day ramen schoolを終了した後、スタッフ全員5名で夕食に出かけ、夕食後、タクシーではなく、初めてUber(ユーバー、ウーバー)を呼んだのです。

スタッフは全員5名で、タクシーでは乗れないので、トヨタのアルファードを使っているUberを呼んだのですが、運転手に、われわれの場所を最初はなかなか理解して、乗るまでに少し時間がかかったのですが、アルファードの豪華版で、快適であると同時に、親切な運転手で、荷物の上げ下ろしは勿論、最期の挨拶も丁寧で、笑顔も素晴らしいのです。

価格はタクシー1台分とほぼ同じですが、車が大きいのと、きれいなのと、運転手が親切なのが、タクシーとぜんぜん異なりました。

Uberはウイキペデイアによれば、2009年3月にトラビス・カラニックとギャレット・キャンプにより設立され、2015年半期の売り上げは500億米ドルと推定され、特徴としては、一般的なタクシーの配車に加え、一般人が自分の空き時間と自家用車を使って他人を運ぶ仕組みを構築している点で、顧客が運転手を評価すると同時に、運転手も顧客を評価する「相互評価」を実施し、世界では、タクシーにおいて「領収書を発行しない」「タクシーメーターを倒さず、法外な料金を請求しボッタクる」といった問題が多く起こっていることから、これらの問題を回避し、さらに車両オーナーにとって「簡単な小遣い稼ぎ」ができる点が受けているとのことです。

昨日、われわれが呼んだのは、7人乗りのアルファードを持っていた個人オーナーで、お客さまからの評価点数が4.7の評価の高い運転手でした。

この様に、乗車前から、運転手の評価が分かり、降りると同時に、Uberから先ほど乗車した運転手の評価は幾らだったという問い合わせが来るので、昨日は5点評価を下したのです。

常に、お客さまから評価され、また、運転手も乗車したお客さまを評価し、常に両者が評価される仕組みは、ヤフーオークションの出展者と購入者のような関係で、乗車ごとに一切のお金のやり取りはなく、クレジットカードから、事前に決められた金額が引き落とされるのです。

まだ日本には、ほとんどこの仕組みは導入されていないのですが、世の中に大きな変革が起きていることを感じる体験でした。

麺ビジネスの世界も、近々にこのような変化が起きることは必至です。

昨年2月21日から始まった、半年間以上に及ぶ、「イノベーションと起業家精神」の学びの最終のまとめに取り組んでいきます。

4特有のリスク

綿密な分析、明確な戦略、意識的なマネジメントをもってしても、知識によるイノベーションには特有のリスク、特有の不確実性が伴い、そもそもそれは、本質的に乱気流の世界であり、知識によるイノベーションは、すでに述べたように、リードタイムの長さと、異なる知識の結合という特有のリズムをもつのです。

『新産業の開放期と整理期』

まず最初に、きわめて長期にわたって、今にもイノベーションが起こりそうでありながら、何も起こらないという期間が続き、そして突然、爆発が起こり、数年間にわたる「開放期」が始まり、非常な興奮と事業の乱立が見られ、華々しく脚光があてられ、そして5年後には「整理期」が始まり、ごくわずかな企業だけが、生き残るのです。

1856年、ドイツのヴェルナー・ジーメンスが、25年前の1831年にマイケル•ファラデーが発展させた電気理論を応用して、最初の電気モーターを設計し、世界的な反響を呼び、やがて電機産業が生まれ、しかもそれが大きな産業になることが確実となり、多くの科学者や発明家が働いたのですが、その後の22年間は何も起こらなかったのです。

そこには、ある1つの知識、すなわちマクスウェルによるファラデーの理論の発展が必要であり、マクスウエルの理論が得られるや、1878年、エジソンが電球を発明し、レースが始まり、その後の5年間に、欧米の主な電機メーカーのすべてが設立されたのです。

ドイツではジーメンスが小さな電機メーカーのシュッケルトを買収し、AEGがエジソンの発明をもとに設立され、アメリカでは、GEとウエステイングハウスの前身が設立され、スイスではブラウン•ボベリが、スウェーデンでは1884年にASEAが設立されたのです。

これらの企業は、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、オランダ、ベルギー、スイス、オーストリア、チェコ、ハンガリーなどの国々で、やがて10億ドル企業となることを期待され、投資された100社にのぼる企業のごく一部にすぎないのです。

サイエンス•フィクションの最初のブームをもたらし、ジュール•ヴェルヌやH・G•ウェルズを世界のベストセラー作家にしたのも、この電機産業の勃興だったのですが、1895年から1900年にかけて、それら新規の企業のほとんどが姿を消し、撤退し、倒産し、あるいは吸収されたのです。

自動車産業でも、1910年当時にはアメリカだけで200社のメーカーがあったのですが、1930年代には20社となり、1960年には4社となったのです。

ラジオについても、1920年代にはラジオ局が数百局、ラジオ・メーカーが数百社あったのですが、1935年にはラジオ放送の主導権は3大ネットワークに握られ、メーカーの数も1ダースほどになったのです。

新聞もまた、1880年から1900年にかけて創刊ブームがあり、当時、新聞は最大の成長産業の1つであったのですが、第1次大戦後、主要国のすべてにおいて、新聞社の数は減る一方であり、現在はインターネットの浸透により、更に発行部数の減少速度を速めているのです。

銀行についても同様で、モーガン、ジーメンス、渋沢など近代銀行の父たちに続いて、ヨーロッパと同じようにアメリカでも、爆発的な銀行の設立ブームがあったのですが、わずか20年後の1890年前後には、銀行の集約化が始まり、廃業や合併が続き、第一次大戦が終わる頃には、あらゆる主要国において、全国銀行は、その種類を問わず、わずかな数となったのです。

しかし、いずれの場合も、生き残った企業は例外なく、初期のブーム時に生まれたものであり、ブームのあとでは、新規参入は事実上、不可能となるのです。

知識にもとづく産業には、数年間にわたって、新設のベンチャー・ビジネスが逃してはならない「開放期」があるのです。

今日、この「開放期」は短くなってきたと見られているのですが、そのような見方は、新しい知識が技術、製品、プロセスとなるまでのリードタイムが短くなってきたという見方と同じように、まったくの誤りであるのです。

イギリスでは、1830年にジョージ•スティーブンソンのロケット号がはじめて営業用の列車を引いた後の数年間に、100社以上の鉄道会社が設立され、その後、ほぼ10年間、鉄道はハイテクの地位を与えられ、鉄道の起業家たちがマスコミにもてはやされ、鉄道に対する投機熱は、チャールズ•ディケンズの小説『リトル•ドリオット』(1855~57)において鋭く風刺されました。

それは、今日のシリコンバレーの投機熱に似ているのですが、1845年頃、突然、鉄道産業の「開放期」が終わり、以来、イギリスにおいて鉄道会社はまったく設立されておらず、50年後には、1845年に100社にのぼっていた鉄道会社も5、6社に減ったのです。

家電で電話、自動車、化学でも同じ周期が見られ、新規参入のための「開放期」が長かったことなど一度もなかったのです。

しかし今日、この「開放期」が混み合ってきたことはまちがいなく、1830年代の鉄道ブームはイギリス国内に限られていて、どこの国でも、鉄道ブームは、近隣諸国のブームには関係なく起こり、これに対し、その後の電機ブームは、その25年後の自動車ブームと同じように、国境を越えて広がったのですが、それでもそれらのブームが、当時の先進国の枠を越えることはなかったのです。

しかし今日では、そもそも先進国なるものの数が、はるかに増え、たとえば、日本があり、ブラジルがあり、非共産圏の中国系の地域、香港、台湾、シンガポールがあり、しかも通信は瞬時に行われ、旅行も簡単で早くできるようになったのです。

さらに今日では、きわめて多くの国が、100年前には、ごくわずかの国しかもたなかったもの、すなわち知識をもつ人、とくに科学や技術によるイノベーションのために、直ちに働きはじめる用意のある訓練された人材をもっているのです。

上記のように、知識によるイノベーションの場合、常に「解放期」が起こり、多くの企業が参入し、その後の「整理期」でほとんどの企業が淘汰されることを繰り返しているのです。

イノベーションを起こした産業は、電気、鉄道、自動車のような産業から、スタートを切り、最近では、小さな産業に軸足を移しているのです。

例えば、ダイソンがサイクロン方式で、最初に掃除機業界にイノベーションを起こしたのですが、その後、幾つかの国内の家電メーカーが参入しました。

徐々に、サイクロン方式は、ダイソン1社に絞られてきているのです。

次に、ルンバがロボット掃除機として、登場し、現在、同じく国内の家電メーカーが似たようなロボット掃除機を開発し、販売を開始していますが、何年か後には整理期になり、最終的には1社か2社に淘汰されるはずです。

スマート・フォーンは現在、解放期にあり、多くのメーカーの参入が続いていて、そのうち、整理期に入り、数社に絞られてくる可能性が高いのです。

ドラッカーが何十年も前にまとめたように、知識によるイノベーションは、必要な知識が出揃った時に、爆発的に解放期が始まり、多くの参入者が現れ、解放期がしばらく続いた後、整理期が訪れて、ほとんどの参入企業は淘汰されてしまうのです。

画像は、松原先生が麺講習を行なっているところです。

かなり遠方から来ているので、全員、非常に熱心で、熱気に溢れているのです。

今日も最高のパワーで、スーパー・ポジテイブなロッキーです。

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